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小泉首相、改憲を支える世論と空き巣事件

200458

宇佐美 保

 

 イラク人質事件の対応などから、小泉首相の支持率は急降下したのかと思いましたら、

 

朝日新聞社の全国世論調査(4月17、18日実施)によると、首相の続投について、73%が「1年より長く」(36%)ないしは「1年程度」(37%)続けてほしい、と期待感を示していることが分かった……

 

の記事を目にしたり、改憲については、

 

“3日の憲法記念日を前に朝日新聞社は、日本国憲法について、全国世論調査を実施した。憲法全体をみて、「改正する必要がある」と答えた人は前回調査(01年)の47%から今回53%に増え、本社調査で初めて5割を超えた。憲法9条についても、「変える方がよい」が前回の17%から31%に増加。「変えない方がよい」は60%だった。施行から57年たち、国際テロなど新たな問題の登場もあって、人々の憲法観が変わりつつあることをうかがわせた。……”

 

 更には、拙文《日本人論客達のお粗末》に書きましたように、51日未明のテレビ朝日「朝まで生テレビ」の視聴者アンケートで、

 

日本政府の言う“自己責任”は是か非か?

肯定する:181件

否定する:137件

日本は今後イラクに何をすべきか?

自衛隊の活動を続けるべき:83件

自衛隊の撤退:43件

 

との結果が出ています。

 

 そして、未だに週刊文春(04514日号)には、

 

 ……彼等の日頃の活動自体ははなんら批判されるべきものではない。あくまでも今回の無謀な行動の自己責任を問われているだけなのだ。

 まだ18歳の今井君がこのことに気づき「謝罪」をする日は来るのだろうか

 

 等と書かれています。

私はこれらの世論を、全く受け入れることが出来ないのです。

と申しますのは、これらの世論を形作っている、今の日本人の方々に対して、私に起こったある事件を契機に大きな不信感を抱いているからです。

 

 その事件とは、数年前、我が町内で発生した空き巣泥棒事件です。

(事件の経緯は、文末の(補足)に詳述します。)

 

 先ずは、

 

1.)私が、「泥棒!泥棒!」と叫びながら、泥棒を追いかけていても、(小柄な白髪の男性一人、以外の)他の道行く人達は、全くの知らん顔でした。(「一緒に追ってくれたら、とても心強いな。」と思われる、ビニールの買い物袋を持った男性も、全くの無関心でした。)

 

2.)私、独りで、犯人逮捕後、廻りに集まって来た人達に「“犯人を確保した”と、警察に電話して下さい。」と頼みましたら、……事情が判らないので、電話出来ないと断られてしまいました』と言われました。

 

3.)窃盗で逮捕され7年前に出所し、その後の7年間の、300軒ほどの犯行を認めている犯人が、私に捕まった際、『もう疲れたから、逃げないよ。こんなに追い駆けられたのは初めてだよ』と言って観念した事は、この7年間の、300軒ほどの犯行時に、私のように、とことん追い詰めて人が居なかった!

だからこそ、犯人は、300件もの空き巣を繰り返していた。

 

4.)同じ町内の「被害者様」の他に、我が家から数10m離れた家も忍び込まれ10万円を盗まれ、その10万円が犯人から戻ってきても、その被害者の方からは、(いくら、普段のお付き合いが全くないとは言え)全くのお礼の挨拶を私は受けていません

(勿論、同じ町内の被害者(実質的な被害はゼロ)の方からは、お礼の挨拶とお礼の品を受け取りました。)

一言ぐらいの挨拶があってしかるべきと存じております。

 

 そして、私の犯人逮捕の際は、危険そのものでした、

 

「犯人が武器を持っていたら嫌だな。(私は、素手でしたし)」と思いましたが、「まあ、その時はその時だ。」と思って、「もう逃げるなよ!」と云って犯人の肩に手を掛けましたのですから。

 

 以下の点は、拙文《戦後、新聞は、どのような人達を育て上げたのか?》から抜粋します。

 

 朝日新聞の紙面に、『一般市民が、携帯電話で、警察に連絡を取りながら犯人を逮捕』と云った見出しを、目にした時は、「やっと、君子、危うきに近寄らず。の風潮が払拭されて行くのだなあ。」と嬉しく思いました。

でも、がっかりしました、記事の最後には、警察のコメントとして、

一般市民が、犯人を追うのは、危険なので控えて欲しい。

旨を書き添えていました

 

 私には、この警察のコメントは、あくまでも建前のコメントであって、今回のイラクの退避勧告のように感じます。

 

 今回は、幸運にも私は無傷で犯人を捕まえることが出来ましたが、若し、私が、怪我を負ったり、或いは犯人に拉致されて「人質」にでもなったら、警察の「一般市民が、犯人を追うのは、危険なので控えて欲しい」との警告を無視した行動なのだから、自己責任だ!』と非難されねばならないのですか!?

 

(コンビニの店長さんが、犯人を追いかけて、犯人に刃物で亡くなったりしています。

私は、その亡くなられた店長さんを大変尊敬しています。)

 

 今回のイラク人質事件は、北朝鮮の拉致事件と大変類似していると、拙文《人質と自衛隊のイラク撤退》、《イラク人質と拉致問題と武士道》にも書きました。

ところが、週刊文春2004.4.295.6号)には、「私達と人質家族は全く違う」との記事で、北朝鮮に拉致された被害者の家族で作る「家族会」事務局長の蓮池透さんは、今回の人質事件の報道に違和感を覚えていると次のように語っています。

 

「被害者やご家族には同情しますし、無事救出されたことに閑しては本当によかったと思っています。

 ただ、今回の事件を北朝鮮の拉致事件と比較される方がいるのであえて申しますが、自己責任をお持ちになって行かれた方と自国の領土に不法侵入してきた者に暴力的に連れて行かれた者ではまったく意味が違うと思うんです。確かに人命の尊さという意味では同じですが、たとえるならば、波風の立たない海岸で遊んでいるところを突然何者かに連れ去られるのと大シケの海に出ていって遭難するようなものです」……

 

 でも、私は、蓮池氏の御見解には同意出来ません。

確かに、今回帰国されておられる5人の方々は、不法に暴力的に拉致された方々です、でも、拙文《イラク人質と拉致問題と武士道》にも書きましたが、

 

曾我さんの御主人のジェンキンスさんは、自らの意志で北朝鮮に脱走しています。

更には、日経新聞には、次のような拉致された方々の記述もありました。

((http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt25/20021002KQ5A2001_02025002.html))

 

本人が北朝鮮への観光の意向を示した方

金もうけと病気治療のため、海外行きを希望。工作員が本人の戸籍謄本を受け取る見返りに100万円の提供と北朝鮮への入国を密約した方

留学中、特殊機関メンバーが北朝鮮行きを誘うと、一度行ってみたいと応じた方

北朝鮮の特殊機関工作員から北朝鮮訪問を勧められ応じた方々

 

 勿論、ご本人の発言そのものではないのですから真偽のほどは判りません。

 

 更に、今回の3人の方々を「大シケの海に出ていって遭難するようなものです」と蓮池氏は論評されていますが、私は、彼等が単に「大シケの海に出ていった」のではなく「大シケの海で溺れている人を、助けに行って遭難された」のだと、私は理解しています。

それを、「大シケの海」の脅威をあらかじめ調べもせず、自分の水泳能力もわきまえず無謀そのもの「自己責任」をとれとは、私は云えません。

 

更に、

 

2001年1月26日に、JR新大久保駅で線路に落ちた人を助けようとして死亡した韓国人留学生李秀賢さんと、カメラマン関根史郎さんの行為を誰が真似出来ますか?!

そして、「死ぬのが当たり前と思われる行為を行うは、愚か!」と誰が非難しましたか?!

私には、絶対出来ない行為です。

出来ない私は、今もってお二人の行為に感謝し、尊敬の念を抱き続けております。

そして、お二人が、生き返る事が出来るなら、なんとか生き返って欲しいと願っております。

 ですから、今回イラクで拘束された3高遠菜穂子さん今井紀明さん郡山総一郎さん共々、李秀賢さんと、関根史郎さん同様に、自分の生死を顧みることなく、イラクに飛び込んだのではありませんか!?

 

 とも書きました。

(しかし悲しいことに、このお二人の行為はすっかり忘れ去られてしまっているようです。)

 

 更には、多くのマスコミは、イラク人質家族の方々の政府外務省への抗議の方法が傲慢であるとか非難されていましたが、私の目には、拉致被害者の家族の方々が政府外務省へ抗議されている場面と同じに映りました

(危機に曝されている自分の家族の命を救う態度を、他人がとやかく言うべきではないと存じます。)

 

 更に先の週刊新潮には、「家族会」の増元照明事務局次長の次の談話も載っていました。

 

「被害者を助けるための政府の対応が拉致問題とは全然違うと感じました。今回はすぐにプロジェクトチームを発足させて、逢沢外務副大臣を現地に送りましたが、拉致問題でプロジェクトチームができたのは事件から四半世紀が経った一昨年のことでした。それに、今回は犯行グループの自衛隊撤退要求を毅然とはねつけましたが、北朝鮮に対してはなぜか日本政府はずっと弱腰でした。……

 

 私には、政府の対応は全く同じと感じました。

政府は被害者の方々への配慮よりも、米国のご機嫌伺いが重要なのです。

今回の、政府の対応は、「イラクからの自衛隊撤退」の事態に陥らない為の配慮だったのです。

(単なる人質救済ではなかったのです。)

 

 帰国された5人の被害者の方々は、ご家族を北朝鮮に残されたままで、大変お気の毒に存じます。

でも、蓮池さん、地村さんはご夫婦お揃いです。

(ご夫婦お揃いなら、助け合い、励まし合う事も出来ましょう。)

しかし、曾我ひとみさんは、(ご高齢な?)御主人を北朝鮮に残されたままです。

 

 拙文《曽我ひとみさんをご家族のもとへ帰して》、《曽我ひとみさんをご家族のもとへ帰して(2》、《曾我ひとみさんをご家族のもとへ帰して(3》にも書きましたが、“曾我ひとみさんを、ご家族のもと(北朝鮮)へ、訪ねて行けるよう配慮して欲しい”と常々存じております。

 

拉致問題に関係する方々は、何故そのようにご配慮されないのでしょうか?

(日本の世論が「一枚岩」であるべきだから?)

 

 そして、日頃私が、大変不思議で不気味に思うのは、蓮池透氏らの発言行動に対して、僅かでも異議を唱える記事や放送にお目に掛かったことがありません

(やはり、日本の世論が「一枚岩」であるべきだから?)

 

そして、今回の蓮池氏らの談話を載せている週刊文春に於いても、然りです。

なのに、同誌の2004.5.14号には、コラム(新聞不信)で“新聞が擁護する自称ジャーナリスト”との次のような(翼氏による)記述が載っていました。

 

 この一日に掲載されたイラク帰りの二人の愚かな青年のインタビュー記事にふれて、今の新聞の弱点が見事に露呈しているとの感を受ける。あえて「愚かな」というのは、この青年たちの行動はジャーナリストの資格に欠けているにもかかわらず、まるで自立したジャーナリストの如き弁を吐き、それをなんらの批判もなしに掲載するという退廃が浮きぼりになっているからだ。……

市民団体代表なる十八歳の青年は、「自分にとって自己責任は、今回の経験を日本の人たちに伝えることだ」と弁じたという。むろんこの前後には、軽率な行動だったことを詫びるという類の言い訳もあったようだが、正直なところ、あなたたちの意見など聞きたくない、なぜならあまりにもお粗末だから、というのが世間の受け止め方ではないだろうか

一体に、ジャーナリストとはどういう意味なのだろう。

ジャーナリストを名のるなら、あるいは「日本の人たちに伝えたい」というのなら、まずは自分はフリーのジャーナリストだが、自分の記事はこのような媒体に掲載される、とかこの媒体と契約して戦場であるイラクに取材に赴いたとその立場を明らかにしなければならない。そして自分の取材活動は、原則としてこのような枠内(たとえば、ジャーナリストの国際機関の宣言、日本新聞協会のルール、あるいは新聞労連の宣言などに従うことを指すが)で行うとその姿勢が明確になっていなければならない。

 確かにジャーナリストという肩書きは自己申告で名のることができる。だが誰もが勝手に名のっていいというわけではない。「僕ら」というこの二人は、取材を行うだけの語学力をもっていたのかさえ疑わしいし、ジャーナリストの要件を満たしていないのだから、ジャーナリストなどと名のるのはやめたまえ。

 かくも愚かな二人の言を詳細に報じるより、愚弄されたジャーナリズムの側から「老婆心ながら」と忠告や叱責の記事を書くべきではなかったか。        (翼)

 

 この方(翼氏)は、なんて偉そうなお方なのかと思いました。

自分の記事はこのような媒体に掲載される、とかこの媒体と契約して戦場であるイラクに取材に赴いたとその立場を明らかにしなければならない。”と苦言を呈していますが、朝日新聞(4月9日)には、次のように書かれています。

 

 郡山総一郎さんは、フリーランスのジャーナリストで、朝日新聞社が発行する「週刊朝日」に、これまでも写真が掲載されていた。

 郡山さんは、宮崎県内に在住していた01年、「週刊朝日」に、アフガニスタンの子供たちを撮影した写真が掲載されたのがきっかけで、「週刊朝日」編集部に出入りするようになり、朝日新聞社は02年10月、本社ビル入館証を貸与した

 同年12月からは、フリーのカメラマンとして、同誌の企画「ファッションチェック」に登場する有名人や、富士山の風景などの写真撮影を請け負っていた。昨年5月16日号には、バグダッドのルポが掲載された。

 今回のイラク行きに際して、同誌と郡山さんの間に契約関係はなかったが、編集部は「いい写真が撮影できれば、掲載する」などと伝えていた。

 

 と書かれているのを、優秀な(?)ジャーナリストの翼氏は、御覧になっていないのですか?

こんな事も、確認せずに、他人を非難することが週刊誌の関係者だと許されるのですか?

 

更には、“取材を行うだけの語学力をもっていたのかさえ疑わしい”と言うことですが、今回イラクに赴いたジャーナリストで、「アラビア語」を話す方が、何人居られたのでしょうか?

 

 今井さんが、調べようとした「劣化ウラン弾」の惨状を日本のジャーナリスト達は今までどの程度伝えてくれましたか?!

 

 そして、この様な郡山さん、今井さん達に対して“あなたたちの意見など聞きたくない、なぜならあまりにもお粗末だから、というのが世間の受け止め方ではないだろうか”と、 “世間(翼氏ではなく)が聞きたくない”と非難していますが、この“世間”とはどんな世間でしょうか?

私が(文頭より)非難している世間ではありませんか?!

そして、同誌の別の記事“「バカ親」GW列島各地で跳梁跋扈”で非難している世間ではないのではありませんか?!

 

 又、同誌の、福田長官を辞任に追いやった “福田氏の告白:本当は8年間払ってません” 「仰天個人情報スクープ」は、立派なスクープです。

でも、この年金の根本問題である「国民年金」「個人年金」の大事な「積立金」を年金官僚達が徹底的に食い潰した上、「年金の積立金方式」が成り立たなくなると「年金はそもそも世代間扶養であるべき」との彼等の詭弁に載せられたままで、その詭弁を暴いていないのが翼氏らのジャーナリストではありませんか!?

こんな年金官僚達の詭弁が暴けない輩達がジャーナリスト等とほざくのはチャンチャラ可笑しく思います

(年金については拙文《インチキ評論家が年金は黒字と嘘を言う》、《一元化の前に共済年金の実態を明らかに!》、《「年金」で「自己責任」を負わされる国民》も御参照下さい)

 

 

(補足)

数年前、我が町内で発生した空き巣泥棒事件

(空き巣事件そのものからも、皆様に何かとご参考になればと思い、ご報告させて頂きます。)

(お名前は、仮名としました。)

 

 1.)空き巣泥棒発見の経緯(隣様からの伝聞)

 

 空き巣泥棒の発見者は、ご被害に遭われた被害者様の隣人の隣様でした。

 

 1-1.)前日に、隣人の被害者様宅が留守になることを聞いていた。

 1-2.)当日ご自宅の三階の窓から、被害者様のインターホンを鳴らしている男を発見

 1-3.)その、30分後、又同じ男が、インターホンを鳴らしているのを発見。(その間も、その男は、被害者様宅周辺をうろついていた。)

 1-4.)不審な物音を、被害者様宅から聞く。

 1-5.)隣様、私の家に相談に来られる。

 

2.)泥棒追跡の経緯

 2-1.)隣様が訪ねて来られて、『被害者様のお宅に泥棒が入っているみたいなのですがどうしましょう。』

   「先ずは、様子を見に行きましょう。」

   (最近、“コンビニに押し入った泥棒を、木刀でもって取り押さえた”と言う新聞記事を思い出し、何か棒切れでも持って行こうと思いましたが、適当な物が身近にありませんでしたので、手ぶらで、それに履物は、スリッパでした。)

 2-2.)被害者様宅に着ますと、お留守のはずなのに、1階の、窓が開き直ぐ閉りました

   これで中に泥棒がいることが明らかになりました。

   そこで、「警察には、電話しましたか?」

   『未だです、Aさんにでも頼みましょうか?』

   A様の玄関のブザーを押しましたが、でも「お留守かな?」と思っていると、隣様が、大声で『逃げた!逃げた!』と叫びました。

 

 2-3.)直ぐに、隣様の後を追い大通りの方向に走りました。

    隣様の先を、駐車場の方へ曲がって逃げる、黒っぽいスーツで痩せ型の犯人を目撃しました。

 2-4.)隣様は、『泥棒!泥棒!』と大声で叫びながら、スニーカを脱ぎ捨て、靴下のままで、駐車場南面の、塀に勢いよく飛びつきました。

 2-5.)そこで、私も「泥棒!泥棒!」と叫びながら、犯人を挟み撃ちにしようと思い、大通り側から廻り、駐車場南面側の路地に走りました。

 2-6.)でも、犯人はその路地には現れませんでしたので、大通りに戻りましたら、高校生風の二人の男の子(一人は徒歩、一人は自転車)が、『犯人は、向こうの方へ逃げていったよ。』と指差してくれました。

 2-7.)そこで、私は「一緒に来てくれ!」と頼みましたら、『えっっ!』と言いながらも一緒に付いて来てくれました。

 2-8.)又、「泥棒!泥棒!」と叫びながら、大通りを走りました。

 2-9.)小柄な白髪の男性一人だけが、一緒に『泥棒泥棒!』と叫びながら追跡に参加してくれましたが、他の道行く人達は、全くの知らん顔でした。(「一緒に追ってくれたら、とても心強いな。」と思われる、ビニールの買い物袋を持った男性も、全くの無関心でした。)

   途中から、この男性も追跡を諦めようとしましたので、「未だ一緒に追って下さい!」と叫びましたら、又、一緒に『泥棒泥棒!』と叫びながら追跡を続けてくれました。(隣様は、私とはぐれてしまっていました。)

 2-10.)私が、ある建物の角を左に曲がろうとしたら、先の二人の男の子が、『もう一本向こうの道だと思う。』と教えてくれました。

 2-11.)そこで、次の道を、曲がった途端、その奥の方で、犬がさかんに吼えているのが聞こえました。(確かに、犯人は、この近くにいると確信しました。)二人は、彼等の知人に、『今、泥棒を追っているんだ。』と携帯電話を掛けながら、付いて来てくれました。

 2-12.)そして、その路地の右手の畑に面した一番奥のお宅の庭先を、上着を脱ぎ腕に抱え込み、逃げて行く犯人を発見しました。

 2-13.)そこで、犯人を追い詰め、犯人を確保しました。(この時は私独りになっていました。)

 2-14.)犯人確保の際は、「犯人が武器を持っていたら嫌だな。(私は、素手でしたし)」と思いましたが、「まあ、その時はその時だ。」と思って、「もう逃げるなよ!」と云って犯人の肩に手を掛けましたら、犯人は、『もう疲れたから、逃げないよ。こんなに追い駆けられたのは初めてだよ。』と言って観念しました。

 2-15.)その後は、犯人と肩を並べて、B様宅前まで来ましたところ、犯人が、右の畑の方へ行きましたので、又、畑の中へ逃げ込まれては大変と思い、犯人の身体を掴み、再度「逃げるなよ!」と言ったところ、又、『もう疲れたから逃げないよ。』と言いながら、B様宅の前に置かれていた、資源回収のカゴの上にへたり込み(勿論、カゴは、グンニャリしてしまいました)『冷たいジュースが欲しい。』と言いました。

 2-16.)その頃には、廻りに人が集まってきましたので、その人達に「“犯人を確保した”と、警察に電話して下さい。」と頼みましたら、一人の奥様が、大通りの方へ20〜30メートル走り、右側のどなたかの家に入り、暫らくして戻って来られました。そして、事情が判らないので、電話出来ないと断られてしまいました』と言われました。勿論、その声は犯人にも聞こえますから、「“未だ、警察へ連絡が取れてないのか。”と言った安心感を犯人に与えて、犯人が暴れだしたり、又、逃げ出したりしたら困るなあ。」と思いました。

 2-17.)そこで、B様宅のブザーを押して、B様に、警察への連絡を取って頂きました。

 2-18.)パトカーが来るまでに、犯人に、「何故こんな泥棒したのよ。」と問いましたら、『競輪でスッテしまったから。』と答えました。

 2-19.)犯人は、パトカーに乗せられ、私は別のパトカーで、調書の作成の為に、警察へ連れて行かれました。

 

3.)警察での調書並びに逮捕状の作成

 この調書の作成は、刑事さんと私とがテーブルを挟んで、一対一で行われました。

それに、刑事さんが、カーボン紙を用いてその場で書き取りながら、作成するのでとても時間が掛かります。

 調書の最後は、別室で取り調べられている犯人の面通しを行い、調書の確認を行い指印を押して完了でした。

 それから、逮捕状の作成を待ちました。

 (逮捕状は、完成したばかりの調書を参考にしながら、私達の別室で、刑事さん達?が作成してました。)

 一度完成して、指印を押しましたが、この逮捕状を別の方がチェックして、作り直しとなりました。……

 

 

4.)今回の事件で思う事

 

 4-1.)玄関先のインターホン、ブザー

 犯人は侵入前に、インターホンで不在を確認しているのですから、留守の際は、外部でインターホンのボタンを押しても、押した人物に、内部でインターホンが鳴っているのかどうか判らないようにしておいた方が良いのでしょう。

   (長い間留守にする際は、インターホンのスイッチを切っておくとか?インターホンのボタンに“故障”の札も貼っておくとか)

 4-2.)大声を出して犯人の追跡

   先ず始めに隣様が大声を出して犯人を追い、私もそれに習って「泥棒!泥棒!」と叫びながら犯人を追いました。

  その結果、自発的には、白髪の男性一人しか、犯人追跡に参加してくれませんでした。(勿論、ゴキンジョ様の息子さんも参加してくれましたが、)

   ですから、友人が、『最近は、“泥棒!”って叫んだら、みんな関わるのを嫌がって誰も出てきてくれないんだよ。そう言う時は、“火事だ!”と叫んだ方が良いんだよ。』と言ってくれました。

   でも、私は、「泥棒!」「泥棒!」で良かったのだと思います。なにしろ、一人の方は自発的に参加して下さったのですから。それに、「泥棒!」「泥棒!」の声が犯人に届きますから、犯人には相当のプレッシャーを与える事が出来たと思います。

 

 

5.)「警視総監賞」を授かる

 今回の空き巣事件にて、私と隣様とは、警視総監賞を授かりました。

 この警視総監賞は、一般人ではなかなか手にする事は出来ないと警察署署長さんはおっしゃいました。

其処で、私達がその賞を頂くに至った理由を後日でも結構ですからお教え下さいと依頼したのですが、署長さんの快諾にもかかわらず、その後警察からは音沙汰がありません。

 

 そこで、私が想像致しますには、今回の犯人が、とんでもない犯人(変な言葉とは存じますが、所謂、その道での大物)であったことが、多分大きな理由ではなかろうかと存じます。

 

 この大物(?)ぶりに関しては、「感謝状」を授与される前、控室で、警察の広報の方が、雑談的にお話下さいましたので、

 

今回の犯人は、窃盗で逮捕され7年前に出所した前科が有る。

この7年間の、300軒ほどの犯行を認めており、そのうち100軒程の現場検証が終了した

当日は、何10kmも離れた、2つの都市でも数軒で犯行を繰り返した上、私の近所では、被害者様宅の他に、我が家から数10m離れた家にも忍び込んでいました

 

感謝状 警視総監章



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