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2004年3月27日 宇佐美 保 | |
マリオ・デル・モナコ先生が、残念ながら1982年10月にこの世を去られた後、2年間位は、何度もデル・モナコ先生の奥様のお教えを戴いていました。
その後、日本に帰ってからは、拙文《私の想い、私の願い、私の使命》に掻きました、
1)デル・モナコ先生の偉大なる声に対する不当な評価を払拭したい! 2)デル・モナコ先生の発声によれば、日本語の歌も全く無理なく歌える! 3)デル・モナコ先生の発声によれば、日本語の話声も豊かになる!等々 |
を遂行すべく、先ず、半年に一度位の割合で、知人友人(数十人)に依頼し公民館に集まって貰い、デル・モナコ先生のお教えを授かった私の歌を聴いて頂いていました。
更には、私のホームページ《我が歌の世界》に掲げました「歌」、「声」に関する文を知人友人達に読んで頂いたりしていました。
しかし、この状態では、歯がゆい気持ちに押し潰されてしまいます。
そこで、私の「歌」の録音を行いデモ・テープ(当初、朗読は行っていませんでした)を作成して、デル・モナコ先生の没後10年目のご命日に、そのテープを指揮者の岩城宏之先生、他数名の方々に、送らせて頂きました。
(この私の行為を、私の母は目を丸くして見詰めていました。)
そして、その1年後、テレビ朝日から『題名のない音楽会(岩城先生指揮)』(“偉大なるアマチュア”)への出演依頼を頂くことが出来、その手紙を、危篤で意識不明の母の耳に伝えることが出来ました。
『題名のない音楽会』出演前の打ち合わせの席上、出席者のお一人から“この番組から、タモリ……達が世の中へ出て行った……”と、おっしゃって頂いたのですが、番組放映後の私の世界は何の変化も起こりませんでした。
ですから、私は、文頭の《私の想い、私の願い、私の使命》の他に、私を拾い上げて下さった岩城先生、故黛先生へのご厚意に報いる為に、より一層の努力を続けなくてはなりません。
そこで、又、デモ・テープの録音作成に勤しみました。
普段、自分のデモ・テープ用のオペラ・アリアは(カラオケの伴奏を用いて)自宅で行っておりました。
ですから、朗読の録音も自宅ではじめたのですが、我が家の上空を、立川飛行場、横田基地へ行き来する飛行機、ヘリコプターの轟音に邪魔されることが多々ありました。
(オペラ・アリアなどの歌の録音では、一曲が3分程度ですから、上空の雑音を避けることは容易でしたが、中断されずに30分以上に及ぶ朗読を録音するのは、難しいことでした。)
自衛隊に“もっと上空を飛ぶとか、ヘリコプターなどの航路を少し変えてはくれないか……”と依頼しましたが、「立川、横田の近傍には、入間、調布の飛行場が控えているので、航路の高さも規定されているので、簡単には変更できないし、航路の位置変更をしたら、今まで静かだった所が急にうるさくなって、そこでの反対運動が問題となる。」とのお役所的な回答しか得られませんでした。
(石原都知事の発言通りに、「横田基地が民間の国際空港になったら、もっと大変なことになってしまいます。」)
この件を、普段お近づき頂いている神社の宮司さんにこぼしましたら、「神社の結婚式場が使用されていない時にはいつでも録音場所に使っても良いよ。」とおっしゃって頂きました。
とても有難い事なのですが、近くを幹線道路が通っているので、自動車の「シャー」という音が、常時録音されてしまうのが残念でした。
そこで、以前1度、友人達を集めての音楽会に使用させて頂いた「音楽ホール」を所有される八王子在住の村下様にお願いしました。
村下さんは、小学校だけの学歴ですが、独力で『鉄筋工事関係の会社』を築き上げ、今では、会社も畳まれ、これまた独力で調べ上げた「日本の古代史に関する本」(全24巻になるそうです)を執筆なさっておられます。
そして、タンノイのオートグラフなどの大型スピーカ、マッキントッシュの大型真空管アンプで、大好きな音楽のレコードをお聞きになる為に、ご自宅の敷地内に、ご自身で180名を収容出来る「音楽ホール」を建設なさって居られました。
村下さんは、私の、「歌にしろ朗読も、マイクの使用無しで聴衆に訴えたいので、デモ・テープもホールで録音したい。(且つ、後述の飛行機などの雑音を逃れての録音を行いたい。)」との希望に対して、“会社まで辞めて歌に打ち込んでいる宇佐美に、そして又、宇佐美の歌に魅力を感じるので、ホールはいつでも使って良い。”とホールの鍵を私に貸して下さったのです。
従って、以下のCDを録音するに当たっては、村下要助様に多大のご援助を頂いていることを感謝いたしております。
しかし、残念なことに、私のデモCDは、いつまで経っても完成しません。
一つは、日々私の声は進歩していますので、一通り(全14枚)のCDが完成した時には、最初のころに録音したCDが不満になります。
ですからそれらを再録音します。
すると、その分が完成するころには、又、声が進歩しています。
この繰り返し行為を、10年以上続けています。
更には、
「オペラ・アリア集」のCDの、第1曲目(95年3月19日、友人を集めて公民館で開催した歌の会の録音“オテッロの登場”の声の響きが、新たに録音した第2曲以降の歌からは私のスピーカからは流れてこないのです。 |
(スピーカでなく、コンデンサ・ヘッドホンで聞くと私には不満がないのですが)
そこで、マイクを買い換えたりしているのですが、不成功に終わっています。
マリオ・デル・モナコ先生の御教えに従い日々努力を重ねていますと、
声はテノールのみならず、バリトン、バス(更に、その下まで)の音域の声を駆使する事が出来てきます。
そこで、テノールのアリアのみならず、バリトン、そしてバスのアリアも録音しています。
(しかし、生前マリオ・デル・モナコ先生は、“宇佐美!あんまり欲張って、低い声を練習し過ぎると、神様が折角お前に下さった貴重な輝きのある高音を失うよ。”と注意して下さったものでしたが。)
最近は、男性が裏声を使用して、女性のアルト(女性で一番低い声域)の声域を歌う「カウンター・テナー」が、脚光を浴びていますが、彼等といえどもソプラノの声域までは出せませんので、(男で、ソプラノの声域までの声を出すのは、昔は、幼児期に去勢して声変わりをせずに、成人させられた男性(カストラート)が受け持ち脚光を浴びていました。)
映画「カストラート」では、カウンター・テナーの声に(彼が出せない高音域を)女性のソプラノの声で補って「カストラート」の声を合成していました。
しかるに、私はマリオ・デル・モナコ先生の御教えに従い、日夜声を鍛え抜きソプラノの声域(歴史上最高のカストラートであるファルネリの声域)までの声を開拓し、ソプラノのアリアも録音してみました。
アリア名 | 歌劇名(作曲者) | 声域など | |
1 | オテッロの登場 | 歌劇『オテッロ』(ヴェルディ) | (Ten)(95.3.19Rec.) |
2 | 衣装を着けろ | 歌劇『道化師』(レオンカヴァッロ) | (Ten) |
3 | 誰も寝てはならない |
歌劇『トゥランドット』(プッチーニ) | (Ten) |
4 | 女心の歌 | 歌劇『リゴレット』(ヴェルディ) | (Ten)(堀内敬三訳詞) |
5 | 清きアイーダ | 歌劇『アイーダ』(ヴェルディ) | (Ten) |
6 | 見よ、恐ろしき火を | 歌劇『トロバトーレ』(ヴェルディ) | (Ten) |
7 | 君が微笑み | 歌劇『トロバトーレ』(ヴェルディ) | (Bar) |
8 | 一人寂しく眠ろう | 歌劇『ドン・カルロ』(ヴェルディ) | (Bas) |
9 | フェデリコの嘆き | 歌劇『アルルの女』(チレア) | (Ten) |
10 | 花の歌 | 歌劇『カルメン』(ビゼー) | (Ten)(堀内敬三訳詞) |
11 | 恋は汝を許さじ | 歌劇『フェドーラ』(チレア) | (Ten) |
12 | 人知れぬ涙 | 歌劇『愛の妙薬』(ドニゼッティ) | (Ten) |
13 | プロローゴ | 歌劇『道化師』(レオンカヴァッロ) | (Bar) |
14 | 妙なる調和 | 歌劇『トスカ』(プッチーニ) | (Ten) |
15 | 歌に生き恋に生き | 歌劇『トスカ』(プッチーニ) | (Sop) |
16 | 星は輝いていた | 歌劇『トスカ』(プッチーニ) | (Ten) |
17 | 冷たき手を | 歌劇『ボエーム』(プッチーニ) | (Ten) |
18 | 私のお父さん | 歌劇『ジャンニ・スキッキ』(プッチーニ) | (Sop) |
19 | 泣くなリューより | 歌劇『トゥランドット』(プッチーニ) | (Ten) |
20 | さらば愛の家より | 歌劇『蝶々夫人』(プッチーニ) | (Ten) |
21 | やがて来る自由の日 | 歌劇『西部の娘』(プッチーニ) | (Ten) |
22 | カタリ・カタリ | 「題名のない音楽会」より | (Ten)1994年4月3日放映 |
皆様、不思議ではありませんか?
日本の「声楽家」、「オペラ歌手」と称される方々は、彼等の本業(?)とされる歌を歌われる時には、「マイク」を御使いにならないのに、流行歌等を歌われる時は「マイク」を使用します。
何故?
それに彼等の歌われる「流行歌」、そして「日本歌曲」すら、何を歌っているか、「日本語」がはっきりと聞き取れません。
彼等の習得したと言われる「イタリアの発声法」は、「日本語」を歌うには不向きで、“「日本語」用独自の発声法の開拓が必要”と、彼等も、日本の音楽界の方々も言います。
しかしながら、今では、世界中の歌手達は、何語の歌でも、「イタリアの発声法」にて歌っております。
そして、外国の名歌手が、来日し、アンコールなどで、「日本の歌」を歌うと、「日本語」がはっきりわかります。
勿論、この私のCDは、マリオ・デル・モナコ先生の教えに従い、「イタリアの歌唱法」にて、「マイク」を使用せず、ホールで歌って録音したものです。
(しかし、私の身近な友人達は、私の大好きな「古賀政男」等の流行歌を好きになってくれないのです。)
1 | イヨマンテの夜 | 8 | リンゴ追分 |
15 | スバル |
2 | 影を慕いて |
9 | 高原列車は行く |
16 | 荒城の月 |
3 | 湯の町エレジー |
10 | 蘇州夜曲 |
17 | からたちの花 |
4 | 人生劇場 | 11 | 東京ブギウギ | 18 | 平城山 |
5 | 悲しい酒 | 12 | 白いブランコ |
19 | 白月 |
6 | 人生の並木道 |
13 | 遠くへ行きたい |
20 | 初恋 |
7 | 男の純情 |
14 | シクラメンのかおり | 21 | わがうた |
(伴奏は、カラ・オケを使用していますが、「流行歌」では、“キー・コントローラー”にて電気的に伴奏の音を上げています。)
もう何十年も前、東京文化会館にて、D・フィッシャー・ディスカウや,E・シュワルツコップ等が原語で歌うドイツ歌曲やイタリア歌曲に、意味も分からず、“これぞ教養というものなのか?!”とか、“何か有り難いものを御聞かせ頂いているのだ!”とかいう変な感慨(?)に耽りながら、私は耳を傾けていたものでした。
(プログラムに掲載されている日本語訳を見ながら。)
ところが、数年前H・カレーラスが歌うトスティの歌曲(イタリア語)が(日本語の訳詞と共に)テレビで放映されました。そして、その字幕を見ながら聞くと、歌っている意味が逐一分かり、その歌は、“わけの分からない教養とか有り難いもの”を遥かに凌駕する感動と楽しみを私に与えてくれたのでした。
だったら字幕に頼らず、外国語の歌も日本語で直接聞いて貰ったら、もっと楽しい世界が開けるだろうと思いました。
しかし、私はどの歌も現状の日本語訳には全く満足行きませんでした。
なにしろ、その日本語訳は意味が原詩と全く違う上に内容が空虚なものでした。
ですから、自分で訳詞を作りました。そして、その日本語で歌う歌は、歌う私を実にすばらしい世界へ導いてくれました。
そして、痛感しました、“声の無い人が、歌曲を歌い。声のある人が、オペラを歌うなんて嘘!”「声が無くては、歌曲は歌えない!」
1 |
魔法 |
13 |
遠くに |
2 |
理想 |
14 |
忘れじ |
3 |
最後の歌 |
15 |
秘密(Sop) |
4 |
お前なんかもう |
16 |
安けさを返させたまえ |
5 |
夢 |
17 |
悲しみ |
6 |
望み(Sop) |
18 |
今ひとたび |
7 |
セレナータ |
19 |
その後(Sop) |
8 |
四月 |
20 |
死にたいな |
9 |
夕べに |
21 |
あなた、私は死にたい |
10 |
アヴェ・マリア(Sop) |
22 |
さらば |
11 |
虚しく |
23 |
マレキアーレ |
12 |
苦悩 |
24 |
かわいい唇 |
トスティの歌曲に続けて、イタリア民謡、ロシア民謡、オペレッタのアリア等と、どんどん訳詞を自分で作って歌っています。
イタリア民謡は、旋律が大変豊かで、イタリア・オペラのアリアのように、「オ・ソレ・ミオ」、「カタリ・カタリ」、「サンタ・ルチア」、「帰れソレントへ」等の超有名曲は、カルーソーやマリオ・デル・モナコ先生等の名歌手によって、イタリア語のままで歌われるのを聞くのも十分楽しめはしますが、普段余り耳になじんでいない曲では、いくらイタリア民謡とは云え、その歌の意味が皆目判らないのでは、歌の魅力は、半減してしまうのではないでしょうか?
先日も、シャンソン歌手で超有名なジュリエット・グレコさんも、テレビのインタビューで“私は、歌詞の意味を重要視します。”と答えられていました。
しかし、その重要視される歌詞の意味が判らなくては、歌い手は兎も角、聞き手としては如何なものでしょうか?
そこで、私は、超有名曲は、イタリア語のままとして、他は、トスティの歌曲同様に、自分で訳詞を作って歌います。
(何故なら、今までの訳詞は、原詩の意味を全く無視した、訳詞とはとても云えない、とんでもない内容となっているのですから。)
1 | カタリ・カタリ | 10 | フニクリ・フニクラ |
19 | 静けさに歌う |
2 | 君に告げてよ |
11 | 海に来れ |
20 | プジレコ岬の漁夫 |
3 | 初恋の小舟 | 12 | 妖精の瞳 |
21 | 忘れな草 |
4 | 遥かなるサンタ・ルチア |
13 | マッティナータ | 22 | 夜の声 |
5 | 帰れソレントへ | 14 | マリア・マリ | 23 | 情熱 |
6 | 君に口付けを |
15 | サンタ・ルチア |
24 | マレキアーレ |
7 | 秋 |
16 | 孤独 | 25 | 輝ける窓辺 |
8 | 太陽の国 |
17 | 五月の一夜 |
26 | オ・ソレ・ミオ |
9 | 禁じられた歌 |
18 | 泣かないお前 |
日頃耳にしていた、ダークダックス等によるロシア民謡の日本語訳に疑問を抱き、ロシア語には全く縁のなかった私ですが、辞書を片手に、自分の訳詞を創りました。
(不明の箇所は、ソ連大使館に電話を掛けて教えて頂いたりしました。)
1 | ステンカ・ラージン | 11 | モスクワ郊外の夕べ |
2 | ボルガの舟歌 | 12 | 母なるボルガを下りて |
3 | 聖なる湖バイカル | 13 | カリンカ |
4 | 黒い瞳 | 14 | バイカル湖のほとり |
5 | 鐘の音は単調に鳴り響く | 15 | 仕事の歌 |
6 | 果てしなき荒野 |
16 | 赤いサラファン |
7 | コザックの子守歌 | 17 | カチューシャ |
8 | 夕べの鐘 | 18 | ともしび |
9 | 夜 | 19 | バルカンの星の下に |
10 | トロイカ | 20 | アムール川の波 |
ドミンゴが歌った「オペレッタ・アリア集」のCDの楽譜を購入出来ましたので、それらの曲に3曲ほど加えて、学生時代サボっていたドイツ語に苦労しながら、訳詞を創りました。
曲名 | 作曲家 | |
---|---|---|
1 |
ウィーン我が夢の町 |
R.Sieczynsky |
2 | マホメッドの優しい姫 | L.Fall |
3 | 愛らしく素敵な女は辛いね | L.Fall |
4 | ウィーンに私の挨拶を | E.Kalman |
5 | 来よジプシー | E.Kalman |
6 | 行こうよマキシム | F.Lehar |
7 | 君は我が全て | F.Lehar |
8 | 麗しい人と口づけするは | F.Lehar |
9 | 花の香漂う庭で | O.Struss |
10 | ゴンドラの歌 | J.Strauss |
11 | 愛の薔薇チロルの捧げる意味 | C.Zeller |
12 | Because | G.d'Hardelot |
13 | 学生王子のセレナータ | S.Romberg |
14 | メリー・ウィドーのワルツ | F.Lehar |
世界最高のテノールの名を、ほしいままにされたマリオ・デル・モナコ先生は、日常私達に話される話し声ですら、マリオ・デル・モナコ先生のオペラの声そのもので、大変魅力的でした。
でも、マリオ・デル・モナコ先生の声でさえ、決して生まれつきの儘ではない筈です。
マリオ・デル・モナコ先生は、発声練習を最も大事になされました。
そして、ご自身の声を、徹底的に鍛えに鍛え、輝く声に磨き上げられたのだと存じます。
そして、あのように素晴らしいテノールのアリアを歌い切る事の出来る地声を獲得されたのです。
私への『マリオ・デル・モナコ先生の教え』の根本は、次の点です。
「発声練習で、声(体)をとことん鍛えて、歌うときには、発声方法については全て忘れ去り、喉を自由に、話すように歌う事。」 |
このようにして、無意識下に発声される声こそが、「地声」なのだと思います。
しかも、この「地声」は、磨けば磨くほどに、輝かしい「地声」に発展するのです。
マリオ・デル・モナコ先生は
“歌う時は話すように、話す時は歌うように” |
と教えて下さいました。
ですから、私はマリオ・デル・モナコ先生の教えを守っての「歌う時は話すように」との歌だけではなく、「話す時は歌うように」を心がけ朗読の世界に踏み込んでみたのです。
そして、次のように感じているのです。
声(超一流の声)を、生業にするからには、その地声を徹底的に鍛え磨かなくてはならないのに、今の日本ではこの点が等閑にされている。
日頃活躍されておられる方々も、“より徹底的に声を鍛え磨く事によって、感情の動きに忠実に、声が自由に追随してくれ、より大きな世界を声で表現出来るのに!”との思いを込めて、私の朗読のデモCDを日々録音しているのです。
(拙文《何故、今、朗読?》等も御参照下さい。)
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