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悪が勝つには良い人間が何もしないだけで十分

200889

宇佐美 保

 朝日ニュースターの番組「デモクラシー」は“『ボティー・オブ・ウォー』記録映画がつづる半身不随イラク帰還兵の反戦運動”を731日に放送(米国では2008325日に放送)しました。

 

 この番組で紹介される米国の問題点は、又、今の日本の問題点でもあると感じ恐ろしくなり、番組内容の一部をここに掲載させて頂こうと思いました。

 

紹介される記録映画『ボティー・オブ・ウォ』の主人公であるトマス・ヤング氏は、9.11事件の2日後、大統領演説に感動して志願し、アフガニスタン派遣を希望していましたが、イラクに派兵され、現地入り5日目に左の鎖骨のすぐ上に銃弾を受け脊椎損傷による半身不随に陥った帰還兵です。

 

 番組の後半で、トマス・ヤング氏がニューヨーク・ブルックリンの教会に於ける、次のような反戦スピーチをする姿を映されます。

(時折体調が悪くなり中断しながら)

 

皆さん来てくれてありがとう

・・・

ブッシュ大統領は廃墟(注:9.11の貿易センタービル)で拡声器を手に「こんなことをした悪人を捕まえる」と宣言しました。

・・・

大統領は国中を熱狂させました僕も興奮した1人です。

アフガニスタンへ行って悪者たちを捕まえたかった。

でも軍に入るとアフガニスタンではなくイラクへ行くのだと分かってきました。

またジョージ・ブッシュが自分の父親より天上の父の許可を請いたいと言うのを聴き、キリストを戦争の先導役に仕立てていると違和感を覚えました

僕の知るキリストは常に平和と愛の人だったからです

「弱い者にあなたが行うことは、全て私が行っているのだ」と言った

敬虔なキリスト教精神を生きる指針とする男の戦争感が、こうも歪んでいるとはショックです

・・・

悪が勝つには良い人間が何もしないだけで十分だそうです

だから共に強い心を持ちましょう。

いつか願いはかないます。

ありがとうございました。

 

 

 私は、ここでのトマス・ヤング氏の

悪が勝つには良い人間が何もしないだけで十分だそうです

の言葉に大変感銘し共感しました。

(この言葉からも、少なくとも、番組内容をここに掲げる行動を起こしたいと思ったのです。

更には、友人にこの録画を見せ、行動の輪を広げようとましたが、一人は途中から居眠りしてしまいました。

なのに友人達は、民放のテレビ番組(ドラマ、お笑いなど)に関して嬉々として語り合っていました。

そして、又、同じ朝日ニュースターの番組「パックインジャーナル」では、司会の愛川欣也氏は、毎週の如く“日本人は全く怒らなくなった!デモさえやらなくなってしまった!”と憂えて居られます)

 

 なにしろ、トマス・ヤング氏が

ジョージ・ブッシュが・・・
キリストを戦争の先導役に仕立てていると違和感を覚えました・・・
敬虔なキリスト教精神を生きる指針とする男の戦争感が、こうも歪んでいるとはショックです

と非難するブッシュ大統領に対して、当日、教会でのトマス・ヤング氏のスピーチを聞かれておられた多くの「敬虔なキリスト教徒の方々」は、(少なくともその時までは)何もしてこなかったのでしょうから!

 

 映画は、イラク攻撃を容認する決議で賛成票を投じる議員達の声が、トマス・ヤング氏が着替えに悪戦苦闘する映像の合間に挿入されています。

 

以下議員たちの声

私たち議員は今日厳粛な決断の時を迎えました。

武力行使を承認すべきか否かの決断です。

国のため若者を戦場に送る決議への一票は議員にとって最も厳粛な責任です。

わが子を送り出す気持ちで対処すべき問題です。

軍服を着れば皆わが子同様です。私は恐怖を覚えます。
こんな苦しい決断を迫られるのは初めてです。(この声は、ヒラリー・クリントンと思われます)
今日ここで始まる議論が21世紀を決定づけるドラマの序章になることは明らかです。


 

 このように民主党も共和党も圧倒的多数が賛成する中、戦争容認に反対したバード議員が憲法を振りかざしながら登場します。


バード議員:私の両手は震えていますが心臓はまだ鼓動しています。引用します

「当然ながら一般の人は戦争を求めない、だが国の政策を決めるのは指導者たちだ。

民衆を巻き込むのは、いつでも簡単なことだ。
民主主義でもファシスト独裁でも、議会政治でも、共産党独裁でも、民衆は常に統治者の指令に従うものだ。
方法は簡単だ。
敵の攻撃を受けていると言ってやるのだ、
そして、平和主義者は、愛国心に欠け、祖国を危険にさらす非難する

どこの国でも通用する有効な方法だ」

これは1934年ナチスの国会議長へルマン・ゲーリングの発言です。

 

 そして、「戦争容認に反対したバード議員」が引用した、「1934年ナチスの国会議長へルマン・ゲーリングの発言」を教科書にでもしたような上院での投票時の賛成派議員が引き続き映し出されます。

 

上院議員の発言
ビル・ネルソン上院議員 イラクの脅威は日に日に増しています
ジョセフ・ピッツ下院議員 日に日に危険が増し
ジョン・マケイン上院議員 日増しに危険になり
マイク・デウィン上院議員 邪悪になり
ジョセフ・ピッツ下院議員 フセインは毎日強くなる
ジョン・マケイン上院議員 能力を磨き
ジョセフ・ピッツ下院議員 日々生物化学兵器を蓄え
ジョン・マケイン上院議員 待てば待つほど危険が増す


そして、「戦争容認に反対したバード議員」が登場します
ロバート・バード上院議員 待って下さい。落ち着いて、早まってはいけない

 

 この映画の共同監督であるベテランテレビ司会者フィル・ドナヒュー氏は次のように語ります。

 

彼(バード議員)はふんばりました。今まで見た中で最も勇敢な敗者です。

全員は動きませんでしたが、22人を味方につけた。

カメラに向かって懇願しました。「お子さんの命がかかっています」

「議員に手紙を書いてください」と

 

 

更に、エイミー・グットマン氏は、エレン・スピロ氏(もう一人の共同監督)に語りかけます

スピロさん両院の議員達が大統領の言葉を何度も繰り返すのに、トマスさんが薬を選ぶ映像が重なりますね

議員の投票がメトロノームのように映画のリズムを刻みます。

 

エレン・スピロ氏

・・・

(議会の)討論の断片を見ていくと全部が筋書き通りだと気づきます

議員達はその脚本を復唱していただけなのです。

酷い状況が暴かれました

 

エイミー・グットマン氏

・・・

導入はブッシュ大統領と戦争支持者の声です

議会が侵略容認を決議した頃の映像です


ブッシュ大統領と戦争支持者の声
ブッシュ大統領 フセインはテロリストを
イレアナ ロスレーチネン下院議員 テロリストをかくまい
ヒラリー クリントン上院議員 テロリストをかくまい、保護と支援を与えています
ブッシュ大統領

イラクとアルカイダには共通の敵がいます

それはアメリカ合衆国です


エイミー・グットマン氏

クリントン氏など議員の演説を大統領の発言と交互に見せ、大統領の言葉が復唱されるのに気づかせていますね

 

ドナヒュー氏

 このセリフを用意したのは大統領府のイラクグループです。

広告業界の人材を集めた集団です。

侵略を「衝撃と畏怖」作戦と名づけ見世物にした連中が書いた台本です。

住民を爆撃する侵略にあんな名前をつけるなんて・・・そんなセリフを議員たちが拝借し、
「動かぬ証拠を待っていたら、キノコ雲を見るだろう」などと言う、
国中が戦争に向けて突き進む感じでした。

「サダムはすぐそこにきた、あれやこれやの武器を持っている」戦争への流れができました。
恐怖で人心を操る典型です


 

 ここに於ける、「広告会社による世論誘導」は、「湾岸戦争」の際の「ナイラの偽証」を思い起こさせます。

なにしろ、広告会社によって仕組まれた「ナイラの偽証」によって、「イラクに攻め込まれたクウェートに対して不干渉」の立場をとっていた米国民を、「湾岸戦争」へと駆り立ててしまったのですから!

 

 このナイラの偽証に関しては、拙文《戦争とマスコミ》から再掲させて頂きます。

 

 アメリカの「湾岸戦争」への突入を煽った「保育器の報道」(「ナイラ」とのみ紹介された十五才の少女が、イラク兵士が嬰児を保育器から取り出して、「冷たい床の上に置き去りにして死なせる」のを目撃したと主張した)が、駐米クウェート大使の娘が「ナイラ」になりすました偽証であって、しかも、この裏には、この偽証をクウェート市民団体の出費でアメリカの大手広告会社が取り仕切っていたと紹介していました。

 

ところが、この偽証に対して、マスコミは偽証少女、クウェート、アメリカなどを非難することなく、戦争には、“情報操作も当然”ですましていました。

 

 更には、日本では、小泉純一郎氏にまつわる「広告会社の働き」も!

 

 「バード議員」が引用された「1934年ナチスの国会議長へルマン・ゲーリングの発言

 

民衆を巻き込むのは、いつでも簡単なことだ・・・敵の攻撃を受けていると言ってやるのだ、そして、平和主義者は、愛国心に欠け、祖国を危険にさらす非難する。どこの国でも通用する有効な方法だ」

 

を正に実行しているのが、ブッシュ大統領です。

 

 そして、9.11事件の際には、確たる証拠もないうちから、ブッシュ大統領は“犯人はアルカイダ!”“テロとの戦い!”等を声高に叫び、米国民を熱狂の渦に巻き込み、トマス氏らを戦争に送り込みました。

 

 日本でも、北朝鮮がミサイル実験をすると、“いつの日か、北朝鮮が日本を攻めてくる!”“日本も核をもて!”“日本人は平和ボケだ!”“愛国教育が不可欠だ!”との声が踊りだします。

そして、私達もその声に釣られて踊り始めてしまいます。

 

 更には、小泉氏の“改革だ!”の声に踊らされた私達は、今や、格差社会の不条理に泣かされています。

“抵抗勢力は除去する!”“優勢民営化に賛成か反対か!?”・・・の言葉に踊らされた私達はどうなっていたのでしょうか?

 

 

 そして、ブッシュ大統領の声に踊らされたトマス・ヤング氏をはじめ多くの米国の若者達は、アフガンやイラクで死傷しました。

 

 

エイミー・グットマン氏は次のように語っています。

 

イラクでは暗い記録の更新が続きます。

319日で米軍の占領は6年目に入り、その数日後、被弾による4人の死亡で、米軍の死傷者数は4千台に乗りました。これに加えて戦争請負会社の社員が百人以上死亡しました。

 

 映画の共同監督のエレン・スピロ氏は次のように語っています。

 

 

トマスは毎日自分の体と闘っているのです。

最大の問題の一つは退役軍人省から当然のケアを受けられなかった事です。

職員個人の責任ではありません。

数世代の退役兵の対応で手一杯なのです。

トマスは充分な治療を受けておらず薬をもらっているだけでした。

初めて会ったとき彼はモルヒネ中毒でした。

しかし彼は意志の力で中毒から抜け出しました。

目覚しい復活でした、まさに薬まみれの中から立ち上がり、力強い声を上げたのです。

退役軍人省の助けなどを借りず独力でね

 

 

 この状態は、米国民は、「戦争をすべきではない!」「軍事を優先すべきではない!」と認識すべきです。

そして、私達日本人も米国の轍を踏む事の内容にすべきです。

 

 

 更に、エイミー・グットマン氏は次のように述べています。

 

イラク側の被害は計り知れません。5年間で民間の死亡者は百万人を超え
負傷者は数えきれず、難民は
4百万人以上

イラク人の苦境に無関心な米国民も派遣される若者には同情的です。

 

 ここでのエイミー・グットマン氏の“イラク人の苦境に無関心な米国民・・・”は、私達日本人にも当てはまるのではないでしょうか?

 

 

 しかし、9.11事件直後に、ブッシュ大統領の声を聞き、9.11の犯人を捕らえにアフガニスタンに行こうと入隊したトマス・ヤング氏が、何故、イラクに派遣されなければならなかったのでしょうか?

その背景は、『ブッシュの戦争:ボブ・ウッドワード著、伏見威蕃 訳 日本経済新聞社:発行』の66頁に紹介されている、9.11事件後の国家安全保障会議に於ける「イラクも攻めればいい」とのラムズフェルド氏の提案にあると存じます。

 

 ラムズフェルドは、イラク問題を提起した。アルカイダだけではなくイラクも攻めればいい。イラク問題に関するラムズフェルドのこの発言は、ひとりだけの意見ではなかった。ポール・D・ウォルフォウィッツ国防副長官も、テロリズムに対する戦争の第一ラウンドでイラクを主要攻撃目標にするという方針を唱えていた。

 911同時テロ以前、ペンタゴンは長期にわたりイラクに対する軍事選択肢を検討していた。会議の出席者はみな、大量破壊兵器を入手して使用すべく血眼になっているイラクのサダム・フセイン大統領を脅威と見なしていた。テロリズムを相手に本腰で総力戦を行なうのなら、イラクをいずれは攻撃目標にせざるをえない。911はただちにフセインを征討する好機を提供してくれたわけで、それに乗ずることもできるのではないかと、ラムズフェルドは提案した。

 

 

 しかし、正気の沙汰とは思えません。異常です。
大量破壊兵器・・・」の証拠もなく、それもイラン・イラク戦争の期間中は、緊密な外交、経済、軍事の協力があったイラクが、米国から攻撃を受けるとは!

(米国のイラクへの攻撃の不条理に関しては、拙文《戦争とマスコミ》、《イラクに日本と同じ民主主義をという欺瞞》、《暴君はフセインですか?米国ではありませんか!》などにも記述しました)

 

 キャスターのエイミー・グットマン氏は訊ねます。

 

 ドナヒューさんのMSNBCの番組はちょうど200210月のイラク攻撃容認決議の頃はじまり、侵略開始直前に突然打ち切りになりましたね

 

ドナヒュー氏

番組では1回まるごとバード議員の話を聞きました。

「あなたは孤立しています、なぜ皆ついて来ないのですか」そう聞くと、議員は私を見つめ「権力です、権力が欲しいのです」そのために議会は目をつぶり大統領に権限を与えました

憲法に背き、自分たちで決めず大統領に預けてしまった。

失敗したら大統領の責任だから自分たちは安全なのです。

 

 

 それにしても、何故、米国は戦争に走るのでしょうか?

そして、議員達も「権力が欲しい」といえども、何故本気で戦争を止めないのでしょうか?

 

 これらの件は、

悪が勝つには良い人間が何もしないだけで十分だそうです

の言葉を胸に受け止めつつ、次の《「軍事ケインズ主義」と「道路ケインズ主義」(1》に記述したいと存じます。

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