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暴君はフセインですか?アメリカではありませんか!

2003322

宇佐美 保

 マスコミは、“サダム・フセインは暴君であるから、この暴君たるフセインを取り除くのが当然だ”旨を盛んに報じ、又、小泉首相も「サダム・フセインを危険な独裁者」と断定して、アメリカのイラン攻撃を正当化しています。

更にアメリカは、“独裁者フセインを追放して、イラク国民に民主主義をもたらす為に正義を遂行する”と息巻いていますが、そのアメリカ自体が民主的国家なのでしょうか?

民主的運営が図られるべき国連では、査察官の“イラクの大量破壊兵器に対する査察はまだ時間が欲しい”との意向を無視し、国内では反戦を表明したハリウッド俳優らに嫌がらせをしたり、(次の[ロサンゼルス 4日 ロイター]の記事をご参照ください)各種の情報操作などをした上で、圧倒的な軍事力を駆使しイラクを攻撃する国が民主国家なのでしょうか?

 米国の対イラク攻撃に反対を表明したハリウッド俳優らに嫌がらせが相次いでいる事態を受け、全米俳優組合(SAG)は声明を発表、業界の暗黒時代ともいうべき冷戦下のマッカーシズムを再燃させてはならないと強く訴えた。

 SAGによると、反戦の意思表示をした俳優らに対し、脅しや中傷など嫌がらせの手紙が送りつけられたほか、出演映画やアルバムのボイコットを呼びかける電話が各地のラジオ局に殺到。また、同様の呼びかけがインターネットの掲示板にも寄せられている。

 たとえば、米NBCの人気ドラマ「ザ・ホワイトハウス」で大統領役を演じるマーティン・シーンは、俳優らのイラク攻撃反対運動の先頭に立ったことで、一部の攻撃賛成派の非難の的となっている。

 シーンが今週、ロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューで明らかにしたところによると、シーンに批判的な人々から番組降板を要求する嫌がらせのメールがNBCに複数送られてきたほか、NBCの幹部の中にも、シーンに対する一部の人々の反発が、番組の視聴率に影響するのではないかと不安を漏らす者がいるという。 

 こうした中、SAGは「歴史から何の教訓も学ばない人もいるようだ」と一部の人々の行いをいさめたうえで、「有名人が自分の意見を述べる勇気を持ったために職業的に傷つけられるという事実を遺憾に思う。この国では、ブラックリストを作成するという兆候すら、二度と許されてはならない」と述べた。

(そして、不思議に思うのは、イラクを民主化した後は、サウジ、ヨルダン、クウェートといった国はどうするのですか?現在の国王達を追い出して、これらの国も民主主義国家とするのですか?)

 

更には、ラムぜー・クラーク氏(196168:米国法務省次官、長官)の著した『湾岸戦争』(地湧社発行)には、次のように「イスラエルこそが核兵器を持っている」と書かれています。

『力に頼る選択』の著者、シーモア・ハーシユはその本の中で、イスラエルは数百発の核弾頭とその発射に関する高度なロケット技術を保有している、と述べている。イスラエルが隣国に核兵器を使用するのではないかというアラブの懸念は、パキスタンがインドの核兵器を恐れるのと同じくらい強い。イスラエルはアラブ諸国の核兵器開発を妨げるべく精力的に努力しているが、国連は、イスラエル、インド、パキスタンなど核拡散防止条約に違反していると思われる国々に対して核査察チームを派遣しょうとしたことはない。

何故、アメリカはイスラエルの査察の必要性を訴えないのですか?

こんなアメリカこそは、独裁者であって暴君ではありませんか?

 国連の査察(914月、国連安保理で採択された湾岸戦争の停戦決議では、イラクに、生物・化学兵器と射程150キロ以上の弾道ミサイルの廃棄、核兵器の廃棄と査察に同意することなどを規定)へのイラクの非協力ぶりを多くの方々が非難していますが如何なものでしょうか?

 イラク(というよりフセインでしょうか?)の立場になってみては如何でしょうか?

査察団の中にアメリカのスパイがいることが発覚したり、疑惑施設があるとして査察団が大統領宮殿の地下にまで入ろうとした為、イラクは査察団を追放すると、9812月、米英はバグダッドを空爆する事態に落ちいったりしています。

何故、アメリカはスパイを送り込んだのですか?

国連が査察を行っているというのに!?

その上、大統領宮殿の地下迄の査察を行われては、国連査察とは、アメリカによるフセイン抹殺の為の下準備ととられて当然ではありませんか!?

そのうえ、上記のように、アラブ民族と敵対しているイスラエルは核兵器を持ち、イラク内部では、「湾岸危機終結直後に北部のクルド人及び南部のシーア派が一斉蜂起するも政府軍がそれらを鎮圧」といった具合です

このような状態で、フセインは丸裸になれますか?

フセインがオールマイティ的なカードを手放したくないのは当然ではありませんか!?

 なのに何故多くの方々は、イラクが査察に非協力的と喚くのでしょうか?

 

 一方、サダム・フセインはとんでもない暴君というのは本当でしょうか?

時折、イラクに取材に訪れたマスコミは、町の人々の声を紹介しますが、公然とフセインを非難する人はいません。(これは、圧制下なら当然でしょうが)

そして、“こっそりと、「フセインが退陣してくれた方が良い」と発言する人もいる”と付け加えます。

と、申しましても、どこの国に於いても、いつの時代でも、その国民が時の為政者を100%支持する筈はありません。

 

 先に引用した『湾岸戦争』(地湧社発行)を紐解きますと驚くべき事実が全ページにわたって繰り広げられています。

ここでは、その一部を抜粋させて頂きます。(抜粋部分が長いので、私の処理した赤文字部分周辺を拾い読みくださっても結構です)

悪魔化されるサダム・フセイン

 米国は、報道機関の助けを借り、戦争を国民に納得させようと、サダム・フセインを悪魔のような人物に仕立て上げた。イラン・イラク戦争の期間は米国とイラクの問に緊密な外交、経済、軍事の協力があったが、戦争が終って数年すると、サダム・フセインは突然、「ヒットラーより悪い」独裁者となった。

 個人的中傷のほかにも様々な宣伝が行われた。その最初は石油だった。一九九〇年九月十一日、ブッシュは「あまりにも重要な資源をあまりにも残忍な人間に支配させておくことは、許容できるものではなく、今後も許容されない」と述べた。それでも、米国のかなりの人々がこれに同調しなかった。同年十一月十四日付け 「ニューヨーク・タイムズ」 は米政府の新たなアプローチを次のように報じている。

  ホワイトハウスのスピーチ・ライターがブッシュ大統領の湾岸政策について、明瞭に、そして一貫して理解を得られるよう紹介することができず、その結果、本国民の支持をつなぎとめておくことができそうにないことに、(中略)ベーカー国務長官は怒りをつのらせていると言われている。

 湾岸戦争が始まった八月以降、戦闘部隊派遣を正当化する大統領の理由は、「死活的利益」が危機に瀕していることから始まり、侵略による損害を見過ごしてはならない、サダム・フセインはヒットラーより悪い、に至るまで実に網羅均である。

……

 このため、ベーカーは失業という新たな恐怖を持ち出した。「湾岸危機を米国民の生活水準レベルで話すならば、それは雇用問題だと言わせていただきたい。なぜなら、西側の経済的生命線(石油を支配するある国により、さらに言えば、ある独裁者により、世界の経済が不況へと転落すれば、米国民に失業が生まれるからだ)とベーカーは語った。サダム・フセインは今度は、湾岸での米国の支配強化に対してだけなく、米国経済のさらなる悪化に関連しても、非難されるようになった。ただし、米国の景気が実際に悪化するのは、湾岸戦争が終った後のことである。

 

一九九〇年秋、「ニューヨーク・タイムズ」とCBSの世論調査で、イラクの核兵器保有を防止するためなら軍事行動も辞すべきではないとの回答が五四%に上った。ブッシュは最も効果の高い、あるいは最も捏造の余地のある、論拠を見つけた。ここに至り、サダム・フセインの大量破壊兵器を根絶することが米国の義務となった。大統領は感謝祭の演説で戦闘部隊にこう語った。

 「一日が過ぎるたびに、核兵器工場の完成というサダム・フセインの目標に一歩ずつ近づいている。だから、諸君の任務の緊急性は文字どおり日に日に増している。(中略)サダム・フセインに所有されて使われなかった兵器は、これまでに一つもないのだ」。

 ブッシュは、イラクの核開発能力と軍事的勇猛さを過大に宣伝した。イラクが核兵器の生産に近づいていることは広く報道されていたが、それでも、不足しているものがあり、中でも最も基本的なプルトニウムは入手できなかった。核兵器の専門家は一九九二年四月、国際原子力機関(IAEA)による年次点検および分析を検討し、イラクが核爆弾を一個製造するのに少なくともあと三年かかると判断している。いずれにせよ、ブッシュの主張は善人を装った策略だったのである。

 ……

 この期間を通じ最も人々の注意を引いて話題となった虚報は、「保育器の報道」である。一九九〇年十月十日、人権に関する議会コーカスにおいて「ナイラ」とのみ紹介された十五才の少女は、イラク兵士が嬰児を保育器から取り出して、「冷たい床の上に置き去りにして死なせる」のを目撃したと主張した。この話は、戦争に向けて突き進むブッシュ政権によってすぐさま利用された。ブッシュはこの話をいくつものスピーチで繰り返し引用し、このようにして三百十二人の赤ん坊が死んだと訴えた。アムネステイー・インターナショナルも一九九〇年十二月十九日のリポートで、この話は真実だと報告した。

 戦闘が終ってみると、保育器の話はまったく信用できないことが分かった。時がたつにつれ、国家安全保障会議や議会で証言を行った証人は、姓名も身分も偽っていたことが判明した。姓名がイサハ・イブラヒムで、身分が軍曹とされた人物は、イブラヒーム・ベハベハニという矯正歯科医だった。先の十五才のナイラという少女は、証言では残虐行為の行われた時に病院でボランティアとして働いていたと言ったが、実は、駈米クウェート大使の娘だった。これらは、十月十日の議会コーカスを、主催した者にとって、既知の事実だったのである。

 アムネステイー・インターナショナルは一九九一年四月、保育器の話を真実とした報告を撤回した。ミドル・イースト・ウォッチは一九九二年二月、保育器の話はイラク軍による大量レイプや拷問と同じく、「明らかに戦時の宣伝工作」である、とするリポートを発表した。

 今回の開戦前の国連査察結果からも、ここに抜粋しましたラムぜー氏の見解のごとくに、「イラクの核兵器保有」は、ブッシュ(父子)の捏造である事が判りました。

そして、「保育器の報道」についても、最近ではテレビ放送で、自由クウェート市民との団体が、アメリカの大手広告代理店「ヒルトン&ノートン」に依頼して「駐米クウェート大使の娘」ナイラと名乗らせ作成した「宣伝工作」であったと放映されていました。

 ただし、更に驚いたことは、元朝日新聞の編集委員であった田岡俊二氏は、“ナイラの虚言などは、非難するに当たらない。なにしろ戦争に於いては情報戦も当然なのだから……”とテレビで解説していました。

イラクに攻め込まれたというクウェートの立場はさておきまして、国民に誤った情報(ナイラの虚言)を「いくつものスピーチで繰り返し引用し」提供して、アメリカを参戦に導いたブッシュの責任はどうなるのですか?

勝てば官軍ですか!?

国民の意思決定の基となる情報や資料がどんなに嘘で塗り固められたものであっても良いのでしょうか!?

私は、そんな世界は大嫌いです。

 

 更に、毎日新聞200317日の朝刊には、「発信情報の確度に疑問も」の記事が掲載されていましたので抜粋させて頂きます。

(ここでも、抜粋部分が長いので、私の処理した赤文字部分周辺を拾い読みくださっても結構です)

……昨年12月18日、ワシントンのナショナル・プレスクラブでの記者会見。演壇に立つのは「広告界の女王」と呼ばれるシャーロット・ビアーズ国務次官(広報担当)だ。
……米国屈指の広告会社会長から転身したビアーズ氏は、「モノを売る」達人としてビジネススクールの教科書にも登場する。一昨年9月の同時多発テロ後、米政府の情報戦略の責任者に抜てきされた。「パブリック・ディプロマシー」(大衆外交)と呼ばれるその職務は、外国の大衆向けの世論づくりだ。

……ビアーズ次官は完成したばかりの政府広報誌「イラク 恐怖から自由へ」を紹介した。「1988年3月16日、イラク北部の町ハラブジャで、イラク軍の毒ガスにより5000人のクルド住民が死んだ」という内容で、イラク攻撃への支持を訴える意味を込めて、世界中に配布されている。

 冊子には、赤ん坊を背負ったまま道端に倒れる女性や、息絶えた子どもたちの写真が多い。「我々が発信する情報は心を打つ物語でなければ」と次官は言う。ハラブジャ事件にはブッシュ大統領もしばしば言及、「自国民を毒ガスで殺した非道なフセイン政権」の象徴となっている。

 しかし、この事件には実は謎が多い。当時、米中央情報局(CIA)のイラク担当だったステファン・ペレティエ氏(米国の陸軍戦争大学元教授)は「毒ガスはイラクではなくイランのものだった」と主張する。当時はイラン・イラク戦争のさなかで、犠牲者はイランしか持たないシアン(青酸)ガスで死んだ兆候を示していた、というのだ。

 

 元教授によると、ハラブジャを現地調査した国防総省の情報機関は90年春、部内報告として、クルド人殺害はイランのガスによるものと結論付けていた。ところが、連邦議会の調査委員会は「イラク軍がマスタードガスと神経ガスでクルド人10万人を殺した」と発表し、イラク虐殺説が広まったという。

 

 だが、密室ではなく戸外に散布したガスで一度に10万人も殺せるのか――。首をかしげる専門家も少なくなかった。その後、広報誌のように「5000人」という死者数が多用されるようになったが、昨年10月のCIAの報告書は死者を「数百人」と記し、宣伝用の数字(5000人)と大きな食い違いを見せている。

真相はやぶの中だが、ハラブジャ事件に限らず、確たる証拠がなくても、一度表に出た情報は独り歩きして世論を形成していく。米政府が広告界の大物を雇い入れるのは、世界的なイメージ戦略を重視しているからだ。

 

 パブリック・ディプロマシーの予算は、冷戦終結後4割近く削減されたが、同時テロを受けて増加に転じ、今年度は約2億9000万ドル(約345億円)が計上された。その活動の大半は、アラビア語の若者雑誌の発行など中東地域向けだ。次官の補佐役を務めるクリストファー・ロス氏は「活動の狙いは米外交を後方支援すること」と語る。

……

 テロ後の米国に、ビアーズ次官が誇るほど「言論の自由」があるかどうか。国益重視で発信される情報が常に正確、公正とは限らない。湾岸戦争(91年)時の情報戦に詳しいジョン・マッカーシー氏は「ホワイトハウスは世界最大の広告会社だ。対イラク戦争は間違った情報に振り回された結果、始まるだろう」と警鐘を鳴らす

 私はこの記事を見るまでは、イラクがクルドに毒ガスを使用したと信じていました。

最近のテレビ放送でも、多くの評論家は、この事実に全く触れずに、“毒ガスを同国民であるクルド人に使用し虐殺した、極悪人のフセインを追放すべし!”と声高に語り、アメリカのイラク侵攻を支持しています。

こんな事態が許されるのでしょうか!?

アメリカこそが暴君ではありませんか!

 

更には、週刊金曜日(2003.2.7)で、成澤宗男氏は「誰がイラクに生物化学兵器を与えたか」の記事の中で、次のように記述しています。

ブッシュ米大統領は一般教書演説で、イラクを攻撃する理由として大量破壊兵器を「武装解除」しない点をあげた。だが、そもそもイラクにその兵器を与えたのは、他ならぬ米国自身だという事実を、どう釈明するのか。……

そしてラムズフエルド・フセイン会談につながっていく。この会談で、ラムズフエルド氏は、「イラクの形勢不利は、西側の戦略的損失である」と明言。これに対しフセイン大統領は、イランによるペルシャ湾上での攻撃から石油タンカーを保護すると確約したとされる(『ワシントン・ポスト』紙昨年一二月三〇日付)。その結果、米国はイラクとの国交を、八四年一一月に正式に結ぶ。

 この八四年までだけで、米国政府がイラクに供与したローンは計六億五〇〇〇万ドルという巨額に上るなど、米国は総力をあげてイラクを支援する。そしてその主な内容こそ、ブッシュ大統領が今になつて声高に叫んでいる大量破壊兵器関連の供与に他ならなかった。

そのことは、以下の事実で証明されている。

「九二年までに、生物化学兵器の売却が明らかになった。……米国政府は、イラクに対する広範囲に及ぶ生物化学兵器の売却を認可していた。これらの中には、炭疽菌、マスタード・ガスの成分、致死性の筋肉痙攣を引き起こすボツリヌス菌、肺炎や肝臓・脾臓拡張、貧血、急性皮膚炎を引き起こすヒストプラズマ病原性カビ、そして他の危険な化学物質が含まれていた

 この売却リストの中には、巨大化学会社のダウ・ケミカルが化学兵器に転用される可能性があることを知りながら、商務省の認可を受けて一五〇万ドルで売却した殺虫剤もあった。

さらに、「イラクは米国政府の同意のもと、コンピューター制御機器、コンピューター、特殊合金、アルミニウム、化学製品等、ミサイルや生物化学兵器、核兵器の開発計画に使う工業製品を購入した」という。

 このような事実を棚上げにして、“イラクは大量破壊兵器を隠し持ち、国連の査察に協力しない!”と非難し、イラク攻撃を国連の賛同なく実施しています。

こんな事が許されるのですか!?

アメリカこそ暴君ではありませんか!

 

 そして、またまた驚くことは、ラムゼー氏の著書を見るまでは、イラクのクウェート侵攻の非は、イラクそしてその独裁者フセインに在ると信じ込んでいましたが、ラムゼー氏は、このイラクのクウェート侵攻はアメリカによって仕掛けられた罠であった事を示してくれます。

その罠は、イラン・イラク戦争で疲弊し復興を図るイラクに対して、(アメリカの差し金で)クウェートは石油の過剰な増産を企て国際的な石油価格の暴落を図り、イラクの石油からの利益を削減させた上、イラク油田の盗掘等を行いイラクを徹底的に痛みつけ、イラクがクウェートに善処を請うと、イラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる四ヵ国の石油相会議の席上では、クウェートのサバハ外相は“(イラクに)対応するつもりはない。(中略)気に入らないことがあるなら、イラクはクウェートの領土を勝手に占領すればいい。(中略)我々は米国を引き入れる”とのも発言しています。

そして、当時のブッシュ(父)大統領は“警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻した” と述べたというが、フセインはこの会議で(イラク軍のクウェート国境への集結の前日)は、“話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください と語りクウェートに警告を発していたことが紹介されています。

(抜粋文は、どの部分もカットするのに忍びがたかったので随分長くなりましたが、どうか御参照いて下さい)

 中東で戦争を望んでいたのはイラクではなく、米国の巨大勢力だった。つまり、巨額な予算を維持したい国防総省、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産業、原油価格に対する支配力強化と利益の増大を望む石油公社、ソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により巨大な地政学的勢力を二十一世紀に向け構築しようとするブッシュ政権だった。

 国防総省の課題は、拡張よりも再建に腐心するイラクを、どうしたら米国の軍事介入を正当化できる行動に駆り立てることができるか、であった。このような危機的状況を創り出すため、国防総省はクウェート王族との特別な関係に頼ろうと考えた。

 

クウェート、そして戦争への道

 「ニューヨーク・タイムズ」は、首長国のクウェートを「国家というより国旗を掲げた一族経営の石油会社に近い」と評している。クウェートは、石油の豊富なイラクに影響力を行使するため、英国植民地省が第一次世界大戦後に勝手にこしらえた国家である。

一九一八年、英国の戦時占領に対しイラクでは民族主義的抵抗の嵐が吹き荒れた。英国は、史上初の組織的な空爆を行い、反乱を鎮圧した。一九三二年、おさまらない反乱に手を焼いた英国はイラクに名目的な独立を与えた。この結果、英国指名の君主が王座におさまり イラクの油田は、英国、米国、フランスの企業コンソーシアム、イラク石油会社に永続的に帰属するとされた。一方、英海軍の基地があり、王族が英国によって選ばれたクウェートは、石油資源に対する西側の所有権がイラクにより脅かされることがないよう英国の保護領のままとされた。

……

 イラクの一部として残りたいと望んだクウェート人は英国軍により弾圧された。英国の外交官、アンソニー・パーソンズ卿は後日、次のように認めている。

 「イラク人の心の底には、バスラ地方の一部であったクウェートが残忍な英国によって取り上げられたという思いがある。我々は共同の戦略的利益をかなりうまく守ったが、その過程で、そこに住む人々に配慮することがほとんどなかった。人々が不当に扱われてい

ると感じる状況をつくつてしまったのだ」。

 ……

 イラン・イラク戦争が終ると、クウェートはまたも米国に利用された。前出のシンクタンク、CSISのヘンリIM・シエラー所長は、これを「イラクに対する経済戦争」と呼んでいる。『湾岸戦争――隠された真実』の著者、ピエール・サリンジャーは、イランがイラクと停戦に合意した翌日の一九八八年八月八日にクウェートの石油大幅増産が決定されたと報告している。

 イランもイラクも戦後の国土再建の資金を捻出するため、何よりも安定した石油価格を必要としていたが、OPECの合意を破ったクウェートの増産で石油価格は急落した。原油価格はバレル二十一ドルから十一ドルに転落、「ニューヨーク・タイムズ」 によると、イラクはこれにより年間百四十億ドルの損害を受けた。石油価格の暴落は、アルジェリアやナイジェリアのような貧しい産油国の経済も混乱させた。

一九八九年三月、クウェートはOPEC割当生産枠の五〇%拡大を要求した。この要求は同年六月のOPEC会合で拒否されるが、クウェートのシエイク・アリ・アル・カリファ石油相は、もはやクウェートはいかなる割当枠にもとらわれないと言明した。クウェートの産油量は、最終的に日産二〇〇万バレル以上へと倍増することになる。前出のサリンジャーは、その本の中で、「クウェートの狙いは、特にルメイラの油田から石油を奪うことだった」と指摘している。ルメイラ油田は、イラクとクウェートの国境紛争地帯に位置する、イラクにとって特に敏感な油田である。イラクがイランとの戦いに没頭している最中、クウェートは国境を北方に移動させ、ルメイラ油田の中の九〇〇平方マイルを占拠した。クウェートはこれに加え、米国から供与された傾斜穿孔技術により、イラク領土内に間違いなく位置するルメイラ油田から盗掘を行った。イラン・イラク戦争が最高峰に達した時、イラクの石油輸出能力は低下したが、クウェートは盗掘したイラクの石油をイラクの消費者に売りつけて大いに儲けた。

 けれども これがすべてではなかった。イラクは対イラン戦争を通じ、膨大な債務を抱えていた。米国防大学のリポートは、「バース党は、イラクが債務を返済するには、まず経済復興と工業化に投資が行われなければならない、と訴えた。ところが、戦費を貸した者はその即刻返済を迫った」と指摘している。イラクに対する最大の債権者はクウェートだった。クウェートは戦争期間を通じ、イラクに三百億ドルを貸与したが、その大部分はクウェート自身がイランから直接的脅威を感じた後のものだった。戦争が終ると、クウェートの指導者はイラクに返済を求めたが、イラクは戦争により八百億ドル以上の被害を受けていた上、クウェートの身勝手な行動で石油価格が引き下げられていた。

イラクにとって債務の即刻返済は不可能だった。

一九八八年から九〇年にかけ、米国防大学の研究が予想した通り、イラクは外交によりクウェートとの紛争解決に努力した。一方、クウェートは、情報筋のすべてが認める通り、一貫して傲慢で非妥協的だった。

首長国クウェートの態度はアラブ世界でよく知られていた。返済を期待していないが、表向きは債務を免除しょうとしないのだ。ブッシュ政権の上級幹部は 「ニューヨーク・ニュースデイ」 に次のように語っている。

 「クウェートは過剰生産を行っていた。それで、イラクがやってきて、『どうにかしてくれませんか』と言うと、クウェートは『うるさい、黙れ』と言うのだ。

相手への気づかいなどまったくなしだ。債権者になると、クウェート人は意地悪だ。愚か者で、傲慢で、ひどい連中だ」。

 クウェートの非妥協性はヨルダンのフセイン国王を当惑させた。一九九一年三月十三日付け「サンフランシスコ・クロニクル」は同国王の発言を次のように報じている。

 イラクとイランの戦争が終る前から、私は長い期間にわたりイラク・クウェート問の紛争解決に何ができるか、必死に考えた。彼(サダム・フセイン)は、事態の早期収拾にどれだけ心をくだいているかを私に伝えている。イラクに解決の意思があったから、後はクウェートとコンタクトを開始したのだ。

 (中略) ところが、これは、初めからうまくいかなかった。合合は行われるが、何も生まれないのだ。何も生まれないことが、私の思考経路を混乱させた。

 クウェートとイラクの国境が不明瞭なことを、また、クウェートはイラクのl部だという感情が存在することを、私が知らなかったわけではない。これらの問題の解決はクウェートの利益になったのである。

 

 国防総省の戦争計画がイラクを目標とし始めたのと同時に、クウェートは巨大な隣国に対し急に好戦的態度をとり始めた。これは、単なる偶然だろうか。偶然だと考えるクウェート人はほとんどいない。「ニューヨーク・タイムズ」の中東専門家、ミルトン・ヴィオルスト記者は、クウェートの実業家で民主主義運動家のアリ・アル・ベダハに尋ねたところ、「米国の後押しがなければ、クウェート王族が行ったようなサダム挑発行為はありえなかったと思う」と答えた。クウェート大学の政治社会学教授、ムサマ・アル・ムバラク博士は、ヴィオルスト記者にこう述べた。

 「何を考えたか分からないが、政府は非常に強硬な方針を採択した。私にはクウェート一カ国だけの判断とは思えない。クウェートはこの問題について、当然のことながら、サウジアラビア、英国、米国と相談したのではないか、と推測している」。

 ヴィオルスト記者はまた、米国およびクウェートの政府高官にインタビューしている。クウェートのシェイク・サレム・アル・サバハ外相は同記者に対し、シュワルツコフ将軍はイ・イ戦争の後、定期的にクウェートを訪れたと語り、次のように続けた。

 「シュワルツコフは何度もクウェートに来て、皇太子や国防相と会談した。シュワルツコフの訪問は、軍事協力を話す時の慣例となった。そして、一九九〇年に湾岸危機が始まるまでに、我々は米国に頼ることができるということがわかった」。

 クウェート駐在の米政府高官は次のように述べ、シュイク・アル・サバハ外相の前記発言を裏付けた。

 「湾岸戦争の前にもシュワルツコフはクウェートに来た。年に二、三回だったと思う。シュワルツコフは政治将校だったので、クウェート訪問自体が異例のことだったが、いつも日立っており、クウェートのすべての閣僚とファースト・ネームで呼び合う仲だった」。

 イラクは、一九九〇年八月にクウェートに侵攻した後、同国兵士が押収したとされる一枚のメモを国連のハビエ・ベレス・デクエヤル事務総長に提示した。このメモは一九八九年十一月二十二目の日付が付されており、クウェートのファハド・アハマド・アル・ファハド准将とCIAのウィリアム・ウエブスター長官の会合を詳述、クウェート王室のボディガード百二十人名に対するCIAの訓練とイラクとイランに関するCIA・クウェート間の秘密情報交換について記載されていた。また、このメモには以下の記述があった。

 我々は、イラク政府に庄カをかけてクウェートとの国境を定めるにはイラクの経済状況悪化を利用することが重要だということで米国側と合意した。CIAは、広範な協カが両国間で開始されるべきであること、その活動は高官レベルで行われることが条件となることを指摘し、イラクへの庄カの適当な方法についてその見解を我々に伝えた。

 

 CIAは、イラク問題は「この会合で」話し合われなかったと主張し、メモの信憑性を問題にしているが、多くの専門家は本物だと認めている。このメモは、クウェートと米国によるイラクへの経済戦争を示した有力な証拠である。なぜなら、この戦争は、イラク軍が

クウェートから撤退したはるか後も、経済制裁を通じ米国により継続されたからである。

一九九〇年のイラク経済はイラン・イラク戦争が終った八八年よりも悪化していた。インフレ率は四〇%に達し、ディナールの価値は急落した。九〇年二月サダム・フセインはアンマンで開催されたアラブ連盟首脳会議で湾岸からの米国の撤退を求めるスピーチを行い、次のように述べた。

 湾岸の人民ならびにすべてのアラブ諸国の人民が注意を払わないなら、アラブ湾岸地域は米国の思うままに統治きれよう。アラブが変わらず、脆弱なままなら、米国の望む方向に事態は進展しよう。つまり、各国で生産きれる石油およびガスの総量を米国が定め、世界のこの国あるいはあの国へと米国がそれらを販売するようになるのである。その価格は米国に利益をもたらす特別な展望の下で決められ、他の国々の利益は無視されるだろう。

一九九〇年三日のOPEC会合で新たな生産割当が決められたが、クウェートとアラブ首長国連邦(UAE)はこれに加わることを拒否し、またも生産を増加させた。同年五月、サダム・フセインはバグダッドで開催されたアラブ連盟首脳会議で次のように述べた。

戦争は通常、「軍隊の越境、破壊行為、殺人、クーデター支援により遂行される。(中略)そして、現在行われていること(クウェートの石油政策)はイラクに対する戦争である」。

一九九〇年六月、イラクはアラブ数ヵ国に外交使節を派遣し、原油価格の若干の引き上げを可能にする新たな生産割当を訴えた。クウェートはこの生産割当を拒否したが、さらにイラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる首脳会談の開催というイラク提案まで拒絶した。

 七月十日、前記四ヵ国の石油相会議がやっと開催され、原油価格の漸次引き上げが可能となる生産割当が決められた。ところが、翌日、エミールと会談したクウェート石油相は、原油生産を十月まで大幅に引き上げると発表した。

 七月十七日、サダム・フセインは、クウェートと米国がイラク経済の破壊を共謀していると公然と非難し、「話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください」と語った。イラクの戦闘部隊がクウェート国境に結集し始めたのは、この翌日である。

 言い換えるなら、イラクは、経済戦争が仕掛けられていると認識しており、事態はそれほど深刻だ、と警告したのである。ブッシュ大統領は八月八日の声明で、警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻したと述べたが、これは真っ赤な墟である。

 サダム・フセインの警告に対し、クウェートは驚くほど注意を払わなかった。

 

……ヨルダン側によると、クウェートはイラクの大軍がクウェート国境に結集するまで、無関心をよそおい、傲慢だった。クウェートのシエイク・サバハ外相は、もう少し真剣にイラクに村応しなくてはならないとヨルダン代表団にうながされた際、こう答えた。

 「(イラクに)対応するつもりはない。(中略)気に入らないことがあるなら、イラクはクウェートの領土を勝手に占領すればいい。(中略)我々は米国を引き入れる」。

 これはサバハ外相自身も認める失言だった、と会議に出席した情報筋は述べている。

 

 更に、最初に抜粋しました部分が重複しますが、イスラエルの核兵器問題等を、もう一度掲げます。

『力に頼る選択』の著者、シーモア・ハーシユはその本の中で、イスラエルは数百発の核弾頭とその発射に関する高度なロケット技術を保有している、と述べている。イスラエルが隣国に核兵器を使用するのではないかというアラブの懸念は、パキスタンがインドの核兵器を恐れるのと同じくらい強い。イスラエルはアラブ諸国の核兵器開発を妨げるべく精力的に努力しているが、国連は、イスラエル、インド、パキスタンなど核拡散防止条約に違反していると思われる国々に対して核査察チームを派遣しょうとしたことはない。

一方、イラクの「百万の軍隊」の実態は何だったのだろうか。イラク軍はイラン・イラク戦争の期間に膨れ上がった。バース党は兵員徴募を急ぎ、一九八六年には大量徴兵計画を実行した。共和国警備軍には、サダム・フセインの出身地ティクソートの住人しか最初は入ることができなかったが、イラク全土の召集兵に開放された。男は文字どおり街頭から徴発された。

 けれども、実践経験のある戦闘部隊が存在していたというイメージは虚像にすぎない。イラク軍の大半の兵士は召集兵で、年齢は十六才から四十二才、軍隊への忠誠心は高くなかった。よく訓練され優れた装備をもつ戦闘部隊の割合は非常に低かった。軍事専門家ならびに内情に通じた者は、イラク軍への過大評価にもかかわらず、その実質兵力をわずか三十万人と考えていた。西側の軍事専門家で、イラクが第一級の軍事力を備えていると考える者は一人もいなかった。

 

 イスラエルの問題を棚上げにして、こんなにも軍事的に劣るイラク、更には、国連による長年の査察の結果ほぼ丸裸状態になったイラクを赤子の手を捻るがごとき攻撃を仕掛けたアメリカ、英国はイラクへの侵略行為を犯したのですから、国連はこの2国から賠償金を巻き上げるべきでしょう。

 

そして、その賠償金を元にして、国連各国が協力してイラクの復興に手を貸すべきです。

 

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