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復興は平和の礎(税金と大企業)

復興は平和の礎(石原氏と天罰)

 

 

復興は平和の礎(東京電力、マスコミと検察)

2011321

宇佐美 保

東京電力の社長清水正孝氏は、今回の原発事故の後、一度だけテレビ画面に現れただけです。

そして、彼の謝罪は“ご心配かけてすみません……”でした、「ご迷惑をおかけして……」の言葉はありませんでした。(或いは私が聞き漏らしたのかもしれませんが)

まるで、東電は日頃、あなた方に電気を使わせてあげているのだとでも思わせるような謝罪に思えました。

それでも、東電のホームページには、「ご迷惑をおかけして……」の言葉が掲げられていると思い、訪ねてみましたが、社長の言葉は皆無でした。

でも、今日は計画停電の有無を確認するために、東電のホームページを見ましたら、清水社長のメッセージが掲げられ、そこには「ご迷惑をおかけして……」の言葉がありましたが、日付が平成233月だけで、日にちが書かれていません。

 

 なのに、マスコミは“今回の事故には色々と非難せねばならない事がありましょうが、先ずは無事に解決する事を優先しましょう”と言い、東電の対応を非難する声をあげません。

 

でも「鉄は熱いうちに打て」です。

 

テレビ朝日の番組「パックインジャーナル」で、司会の愛川欽也氏は、

“「想定外」と言う人は先ず信用しないね、それから「未曾有」と言うんですよ、「想定外」何と言うんでないですよ”危険な事に対しては想定をして、それにどう対処するか“です。地震、津波原発事故の問題が済んだその日から、この「想定外」、「未曾有」が罷り通って来たことを止めて貰いたい。”

旨を語っておられました。

 

 私も同感です。

 

 

 こう書いているうちにsanspo.com2011.3.14に、“東電社長が謝罪、辞任否定「津波が一番の問題」”の記事を見ました。

 

 ……東京電力の清水正孝社長は13日夜、都内で記者会見し「放射性物質の漏えいにより、広く社会に大変なご心配とご迷惑をお掛けし、心よりおわび申し上げます」と謝罪した。ただ自身の責任については「福島の安全確保が最大の責務だ」と述べ、現時点での辞任を否定した。

 清水社長は事故の原因について「……津波が想定を超える水準だった」と釈明。「津波対策はこれから検討すべき重要な問題。今回の教訓を踏まえて関係機関と議論を重ねたい」と話した。……

 

 

 愛川氏が信用しない同種の表現“津波が想定を超える水準だった”を清水社長が用いました。

 

 本当に“津波が想定を超える水準だった”のでしょうか?!

 

 

1896年(明治29年)615日に発生した巨大地震(M8.28.5)による「明治三陸大津波」に関してウィキペディアを見ますと、次のように記載されています。

 

 

波高は、……宮城県牡鹿郡女川村(現・女川町)で3.1mであったが、岩手県の三陸海岸では下閉伊郡田老村(現・宮古市)で14.6m、同郡船越村(現・山田町)で10.5m、同郡重茂村(現・宮古市)で18.9m、上閉伊郡釜石町(現・釜石市)で8.2m、気仙郡吉浜村(現・大船渡市)で22.4m、同郡綾里村(同)で21.9mと軒並み10mを超える高さを記録している。 

特に綾里湾の奥では入り組んだ谷状の部分を遡上して、日本の本州で観測された津波では最も高い波高38.2mを記録した。

 

 今回の津波が想定外と言うのは、東電清水社長をはじめ、原発関係者、マスコミ、科学者等にとっては禁句である筈です。

 

 更に、福島原発は、なんとこの巨大津波ではなく、1960年(昭和35年)に、日本から見てほぼ地球の反対側に位置するチリで発生した地震(チリ地震)による津波だそうなのです。

又、ウィキペディアを参照させて頂きますと、次のように書かれています。

 

日本では地震による津波の被害が大きかった。地震発生から約22時間半後の524日未明に最大で6mの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来した……

 

 

 ところが、「地震発生地のチリ沿岸部」では「18mの津波」が発生しているのです。

 

本震発生から15分後に18mの津波がチリ沿岸部を襲い、約15時間後にはハワイ諸島を襲った。ハワイ島のヒロ湾では10.5mの津波を観測し、61名が死亡した。

 

 更に震度に関しては、“今回の地震の震度は「M9」で「未曾有」、「想定外」”とマスコミなどは盛んに発信していますが、「チリ地震」の震度に関しては、次のように書かれています。

 

 

 地震は522151114秒(現地時間)に中部の都市バルディビア近海で発生、表面波Ms8.5Mw9.5と有史以来観測された中で最大規模の巨大地震である。最大震度は気象庁震度階級では震度6相当とされている。

 

 

 おかしいですよね、何故この大地震がチリだけに発生して、日本に発生しないと想定したのでしょうか?!

ですから、今回の地震も津波も「想定外」でも「未曾有」でもないのです、従ってこの件を考慮して「原発も設計」されるべきだったのではありませんか?!

 

 

    テレビが「浜岡原発」のレポートを放送していました。

そこでは、

“津波に備えて「原子炉建屋(自家発電装置も設置)」は、外部との境の扉は浸水対策を施しているので、津波による浸水は避けられる”

と係りの方が説明していました。

(今回の津波の力にも耐えられる防水扉の構造かを再検討して頂きたいものです)

 

 少なくとも、福島原発の扉もそれなりの浸水対策をしていれば、地下に設置されていたといわれる自家発電装置が水浸しにならず、今回の危険な事故も避けられたかもしれません。

 

 ところが、東電社長の清水正孝氏をウィキペディアで検索しますと、次の記述を目にしました。

 

……費用切り詰めに成功した実績から「コストカッター」と呼ばれる。……

 

 

 浸水防止扉も設置提案があったのに「コストカッター」の被害にあったのではないか?と私は勘繰ります。

だとしたら、今回の福島原発事故は明らかに「人災」です。

(補足)東京新聞(3月24日)には、次の記事が載っていますから、福島原発にも防水扉相当が存在していて、且つ、役に立たなかったのかもしれません。
となりますと浜岡原発は心配になります。

4号機で作業していた男性(24)も「二重扉は開けっ放しだった」と説明。

 

愛川氏は、次のように語りました、

“最近では、スポーツ新聞の方が優れた記事が多いですよ、例えば315日の日刊スポーツの記事です。

此処に1枚のペーパーがある、077月共産党福島県委員会が東京電力宛てに出したものだ”

と愛川氏は以下の文面を読まれました。

(全文は、文末の補足に掲載します)

 

 

……中越沖地震から教訓として何を取り入れて対応したのか、また対応しようとしているのか。その上に立って、福島原発10基の耐震安全性を総点検すること

……

福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東電はこれを拒否してきた

 柏崎刈羽原発での深刻な事態から真摯に教訓を引き出し、津波による引き潮時の冷却水取水問題に抜本的対策をとるよう強く求める。

 

 

この書面では、「冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある」の原因として、「津波による引き潮時の冷却水取水問題」をあげているとはいえ、真摯にこの申し入れ書を検討していれば、「機器冷却系」等を総点検し、稼働の安定性を見直し「自家発電機の津波への安全性」を再検討していたかもしれません。

私は、根がいい加減ですから、“他人からの注意には極力耳を貸そうと心掛けています”(でも、やはりいい加減なところが残ってしまいます)

しかし、原発に携わる場合には「いい加減」は許されず、常に他人からの指摘に謙虚に耳を傾けるべきです。

 

 

更に、愛川氏は、読み続けました。

 

同様な質問が国会でもし続けられたが安全だという答弁でかわされ続けた。

となればこれは「人災」と言える。

 

 

その上、テレビ朝日の川村晃司氏からは、次のような発言を聞いてしまうのです。

 

当時の福島県知事の佐藤栄佐久(今裁判になっている)は、
ずっと反対を表明し続けて、その度に何十回と東京電力側が説明に行って説明に行って、
何とか県として受け入れてくれないかとやり続けていた、その途中で佐藤知事が政治献金問題に逮捕され、
事実上は無罪だったという事が起きていた。

 

 

 この件に関しまして、佐藤栄佐久氏のブログを訪ね、次の記述(20111 6日)を見ました。

 

……

■特捜検察は、知事と福島県民を「抹殺」した

前福島県知事 佐藤栄佐久

 

【福島県ゼネコン汚職事件の概要】

 福島県のダム建設工事の受注をめぐり0610月、東京地検特捜部が前福島県知事佐藤栄佐久と民間人の弟を収賄罪の正犯・共犯として摘発。知事と弟が共謀し、知事が県土木部長に「天の声」を発する見返りに受注ゼネコンが別のゼネコンを使って弟が経営する会社の土地を購入、市価との差額17000万円が賄賂だとして起訴。しかし知事には一銭も入らず、土地売却の認識もなかった。一審東京地裁・二審東京高裁とも便宜供与(天の声)と共謀を認め有罪としたが、一審は賄賂額を1億円減額、二審に至っては賄賂額ゼロ、「換価の利益」のみという前代未聞の判決となった。自白調書の存在が有罪に影響しているが、収賄罪の要である賄賂額認定で特捜部は裁判所から強く批判された。現在上告中。詳しくは『知事抹殺』(佐藤栄佐久著、平凡社)参照。

 

 20061023日、私は東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所に収監された。独房では情報はシャットアウトされてしまい、密室の取調室では、情報を持つ者(検事)と持たない者(私)の圧倒的な格差が生まれ、被疑者は追い込まれる。自白調書とはそのようにして取るのだということを、私は身をもって知った。

 

……

 

 裁判が始まると、奇妙なことが次々にわかった。特捜部が描いた構図そのものが捏造だったのである。「自分が知事の天の声を聞いた」と証言した土木部長が、自宅に2600万円もの出所不明の現金を隠し持っていた。これは特捜部が隠蔽していた事実で、弁護士が公判前整理手続で発見した。彼は特捜部に「弱み」を握られていた可能性が大きい。さらに、弁護士が連日の接見で把握していた弟の自白よりも、はるか前の日付の自白調書が4通発見された。これを使って検事は「弟はもう自白している」と、ストーリーに従った供述を関係者に求めていたのだ。

 

 検事はメディアも道具に使った。私は取調室でA検事から「"○○(建設)は熱心"前知事、元県幹部に伝える」という大見出しの読売新聞のトップ記事を見せられた。これは衝撃だった。「県幹部」とは土木部長のことで、そのときの私は、彼が検察官に責められ苦しんでいるのではと大いに心配した。しかし、これもメディアと特捜部の「二人三脚」なのである。

 

 私が弟の逮捕を受けて道義的責任をとる形で知事を辞職てから、メディアは検察のリークを書き立て続け、逮捕前から「真っ黒」の心証を県民や国民に与えた。裁判の傍聴席には必ず記者たちが来ていたが、いくら特捜部のストーリーが覆される証言や、ずさんな証拠があっても、それが報道されることはなかった

……

 

 

 尚、佐藤栄佐久の著作『知事抹殺』(平凡社)を発注しましたが、直ぐに入手できない状態でしたので、伊藤博敏氏の「ニュースの深層」から一部引用させて頂きます。

 

2002829日、経済産業省原子力安全・保安院から県に送られてきた18枚のFAXだった。

 

 そこには、「福島第一・第二原発で、原発の故障やひび割れなどの損傷を隠すため、長年にわたって点検記録をごまかしてきた」と、書かれていた。

 

 炉心を支えるシュラウドと呼ばれる重要部分の損傷まで隠ぺいしていた事態に、国民は驚き呆れ、東電は平岩外四、那須翔、荒木浩、南直哉の歴代社長が総退陣、恭順の意を示した。だが、佐藤氏が怒ったのはむしろ国の対応である。

 

 改ざん隠蔽の事実は、内部告発によって明らかとなったが、それを原子力安全・保安院が受け取ったのは007月である。

 

 保安院は立ち入り調査することなく、「こんな告発があるけど」と、東電に紹介、調査は東電に任せて「調査の結果、告発内容と一致しなかった」という東電報告を受けて、口を拭っていた。

……

 使用済み燃料を再処理して使うプルサーマル計画を含めた核燃料サイクルに批判的な佐藤氏は、そのプルサーマルを推進する資源エネルギー庁と安全を司る原子力・安全保安院が同居、そこに現場の東電など電力会社が加わって「原子力村」を構成、何のチェック機能もない原子力推進体制が出来上がっていることを危惧した。

……

 従って、事故を機に、原発を点検に合わせて次々に運転停止、東電管内の17基の原発がすべて停止しても、攻撃の手を緩めることはなかった。

 

 全基停止中の041221日、『朝日新聞』の「私の視点」で、事故への反省もなく、体質改善の努力もなく、専門家が決めたことを押し付け、原子力政策を推進していることを問題点として訴えた。

 

 05年夏の電力需要期を迎えても、佐藤氏は運転再開のゴーサインを出さなかった。

 

 『日本経済新聞』(0565日付)が、「運転再開に注文をつける佐藤知事のせいで目算が狂った」と、社説で批判するなど風当たりが強くなるなか、710日、ようやく佐藤氏は、東電の勝俣恒久社長と面会、再開を容認した。

 

 原発行政と東電などに「佐藤批判」が高まるなか、佐藤氏が最後まで許さなかったのは、「譲れない一線を国や関係者が考えてくれなかったからだ」という。

……

 

 

 そして、先の「20061023日、私は東京地検特捜部に逮捕され……」となるのです。
何故特捜は、その様に動いたのでしょうか?(その裏は!?)

佐藤氏のブログの日付は20111 6日ですが、現時点では「特捜検察は、知事と福島県民を「抹殺」した」の表題は、

「特捜検察は、知事と福島県民、更には世界の人々の「抹殺」を試みた」

と変えて頂いた方が良いと存じます

 

 ここでもマスコミ(日本経済新聞)(それに加えて「検察」)の問題が露呈していますが、「日本経済新聞」は、今回の原発事故でどのような見解を表明しているのでしょうか!?

 

 

上杉隆氏(ジャーナリスト)は、『週刊ポスト(2011.4.1):官報複合体が「人災」をもたらした』にて、“東電に配慮した記者クラブ”と次のように記述されています。

 

 ……官邸と東電の対応を、ぎりぎりまで批判しないようにしていたテレビや新聞も同罪だ。

現場の記者たちの尽力は認めるが、その報道に東京電力というスポンサーヘの配慮がなかったとはいわせない。    ′

東京電力と電事連(電気事業連含会)は、記者クラブメディアの最大のスポンサー。彼らに配慮して、東電を批判してこなかったメディアの責任は大きい

 レギュラー出演しているTBSラジオ「小鳥慶子キラ☆キラ」(315日でこう主張した私は、放送終了後、プロデューサーから3月いっぱいでの降板を告げられた。降板は以前から決まっていたことだろうが、原発事故に関して東電の批判をはじめた途端、鬼の形相でにらみつけてきた幹部の表情が印象的だった。

 記者クラブメディアが官僚と結託して国民を洗脳してきた「官報複合体」は、ついに取り返しのつかぬ事態を招いてしまったのだ。……

 

 

 此処に記述された上杉氏の「東電を批判してこなかったメディアの責任は大きい」をメディア自身はどう受け止めるのでしょうか!?

 それでも、メディアのスポンサーではない官邸(菅首相)等にはメディアは盛んに非難しています。

 

 

 

 更に、愛川氏は、次の点も紹介されました。

 

 日刊スポーツの記事では、某代議士さんは、自分のホームページに想定している津波の高さは3メートル(もう削除されているかもしれませんが)と書かれている。

 

 

 何と、1960年のチリ地震による津波の最大で6mの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来した……チリ津波よりも更に低い3メートルを想定と言うのですから驚きです。

 

 

 しかし、震度に関しては、“今回の地震の震度は「M9」で「未曾有」、「想定外」”とマスコミなどは盛んに発信していますが、「チリ地震」の震度に関しては、次のように書かれています。

 

 

地震は(1960年)522151114秒(現地時間)に中部の都市バルディビア近海で発生、表面波Ms8.5Mw9.5と有史以来観測された中で最大規模の巨大地震である。最大震度は気象庁震度階級では震度6相当とされている。

 

 

 パックインジャーナルにゲスト出演された後藤政志氏(元東芝原子力設計技術者:格納容器専門)は次のような発言をされました。

 

M9を想定した原発は日本にはない。

現役時代に原子力の危険性を唱えても無視されるだけ、馬鹿じゃないかと必ず言われている。云っても信用されないから言わなかった。

格納容器でも危ないと若い技術者の言っても相手にされなかった。

 

 

 

 ところが、福島原発の歴史は、1960522日のチリ地震の後から開始しているのです。

 

 

1960年(昭和35年)1129日:福島県から東京電力に対し、双葉郡への原子力発電所誘致の敷地提供をする旨を表明する。

……

71日:1号機の原子炉設置許可申請を提出する。

121日:1号機の原子炉設置許可を取得する。

……

929日:1号機を着工する。

……

1970年(昭和45年)74日:1号機において核燃料を初めて装荷する。

1117日:1号機の試運転を開始する(翌年511日に記念式典を実施する)。

 

 

 福島原発の歴史がチリ地震発生前から始まっていたのなら、前掲の後藤氏の意見は企業に受け入れられなかったことは確かでしょう。

何しろ、企業(東京電力)の論理としては、採算性を無視した設計は出来ないのですから。

しかし、チリ地震の規模を知った後は、それに対応すべき採算性がとれる設計を着工の有無を検討すべきです。

特に原子力発電所の建設に当たっては、この点が不可欠と存じます。

 

 

 なのに、東電のホームページでの清水社長のメッセージの中には、次の文面を見るだけで、「被害にあった原子力発電所の設計建築に対する想定不十分」を謝罪してはいません。

 

 

 当社の原子力発電所、火力発電所、および、流通設備等が大きな被害を受けたことにより、安定した電気の供給を行うことが困難になったため、計画的に停電を実施させていただくことになり、当社供給区域の皆さまには大変なご迷惑をお掛けしますことを、重ねて深くお詫び申し上げます。

 

 

 

 更に、東京新聞(2011321日:どうする原発行政 作家・広瀬隆氏に聞く)には、次の記述を目にします。

 

 

 広瀬氏が憂慮する理由は、仮に長い時間をかけて福島第一原発の状態が沈静化しても、日本が地震から逃れることは今後もできないためだ。

 そうした地震に無防備な原発への危機感から昨年八月、著書「原子炉時限爆弾」を出版したという。「太平洋プレートの動きが活発化している。今後も日本周辺で大地震が続く可能性もある」

 だが、経済界からは早くも原発の危険性を忘れたかのような発言が飛び出している。

 日本経団連の米倉弘昌会長は十六日、記者から「日本の原子力政策は曲がり角か」と問われ「そうは思いません。今回は千年に一度の津波だ。

(地震に)あれほど耐えているのは素晴らしい」と強調。見直しの必要性について「ないと思う

自信を持つべきだと思う」と述べた。

 「全然分かってない」と広瀬氏は言う。「『千年に一度』と言われるが、実際に被害を大きくしたのは津波。百年余り前の一八九六年に起きた明治三陸地震でも、岩手県沿岸の綾里で三十八b、田老でも十四bを記録した。決して『想定外』ではなかったはずだ。素人の私でも予測できるのに、対策を取っていないのは『人災』だ

……

 

 尚、東京新聞は広瀬氏を次のように紹介して居ります。

 

 

 ひろせ・たかし1943年、東京生まれ。65年、早稲田大学理工学部卒業。大手メーカ技術者を経て執筆活動へ。81年の著書「東京に原発!」は「安全ならば送電コストがかからない首都圏に建設のアンチテーゼをしては」を掲げて話題に。著書に「資本主義崩壊の首謀者たち」など。

 

 

 ですから、先の記述は次のように続いています。

 

広瀬氏が「今後の危険」として最も心配するのは、静岡県御前崎市の中部電力浜岡原発だ。

 「十五日夜の静岡県東部地震で、私の自宅も揺れ、一瞬『東海地震では』とヒヤッとした」

 東海地震とは、静岡県の駿河湾沖で周期的に起こる海溝型の巨大地震。

海に近い浜岡原発は海面から五〜八bにあり、手前に十〜十五bの砂丘があるだけだ。「津波で被災すれば、その影響は瞬時に出る」

 中電は浜岡原発の1号機と2号機を廃炉にしたが「残る345号機も止めて、ウラン燃料は静岡県外のどこか安全な場所に移してほしい。国会内や中電本社ビル、経済産業省ビルに移すことを検討すべきだ。問題が発生すれば、最大の責任者なのだから」と言う。

 

 

 余り長くなりましたので次の拙文≪復興は平和の礎(民主党とマスコミ)≫に移らせて頂きます。

 

その前に、次のメールをいただき、ここに掲載する事を快諾して頂きましたので、次に掲げさせて頂きます。

 

(頂いたメール)

柏崎原発の新潟地震では世界の賞賛を浴びています。今回も福島原発の震災前の航空写真と震災後の津波で破壊された航空写真を見て、コントロール系をすべて失ったにもかかわらず、スリーマイルやチェルノブイリにいたらなかったことを結果として得ることで世界の賞賛を浴びるようにするべきです。日本人はこのようなことを褒め称えることをマスコミを含めてしません。レスキュー隊は褒め称えていますが、常に世界から損をする態度に出ると思っています。

 


 付け加えさせて頂きますと、原発に代わるエネルギー源を開発した後にこそ、地震大国に住む私達が世界から「眞の称賛」を浴びるべきと私は思わずには居られません。

では、次の拙文≪復興は平和の礎(民主党とマスコミ)≫に移らせて頂きます。

 
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