2004年3月27日
宇佐美 保
デル・モナコ先生は“歌う時は話すように、話す時は”と教えて下さいました。
ですから、話し言葉も、歌と同じ声であるべきです。
歌も語りも、それに対する発声法は、全く同じでなくてはいけないのです。
なのに、日本のオペラでは、その日本語の意味を聞き取る事が大変困難な状況でも、「イタリアの発声法は、日本語の歌を歌うのには適していない」との説が罷り通っています。
可笑しいですよね。
そして日本のオペラ同様、歌舞伎、能の台詞も、その意味が聞き取れません。
なのに、「歌舞伎、能の言葉は聞き取れなくて当然なのだ。」
「オペラ、歌舞伎、能などの古典を鑑賞する際には、前以って、予習しておく事が必要なのだ。」と言う事が、まことしやかに言われているのです。
可笑しいですよね。
(この点について岡田嘉夫氏の日本の古典芸能に対する苦言を以下に抜粋させて頂きます。)
《別冊 文芸春秋 1998 Winter
No.222「古典芸能ファンの『宝島』岡田嘉夫」》よりの抜粋
…… 今の文楽を聞いて首を傾げることがよくある。小六の時以来聞いた山城少掾の語る日本語はよくわかった。だから感動できた。ところが年を重ねるにつれ、太夫たちの語りにわかりにくい箇所が増えた。 義太夫は「音」を最も大切にしているはずだ。それは、日本語の言葉一つ一つの響きでもって、あらゆる感情・感触・状況・性別・年齢等を表現しなければならない至難な約束ごとである。それを歌って、メロディ感覚の安易な表現手法へ傾けていくから、言葉が妙にうねうね一人踊りをしてしまい、聞き取りにくい日本語になっていく。名人・山城少掾のように言葉が持つ生命力の表現追求ができていれば、このようなことはないだろう。逆にいうと、今の人材では山城少掾のはっきりした日本語の言葉語りを承襲すると、半端な朗読のようになって義大夫として成立しないための逃げなのかもしれない。 これは歌舞伎にも言える。 江戸時代と今の日本語はそうがらりと変わっていない。西鶴の原文は現代語訳なしでも理解できる。 江戸時代に今の義太夫のように日本語でないような訳のわからない歌いまわし、発音で、長唄・常磐津・清元・歌舞伎台詞をやっていたら、客は相手にしなかったろう。 当時の歌舞伎ファンには、祖母と同じ文字が読めない客が多かったから、解説書がないとわからない歌舞伎なんて、「馬鹿にすんなッ!」と言われる。 江戸歌舞伎はそんな小生意気なことをして発達してきたのではない。四条河原の続きでドンと庶民の懐に入りこんで、お客が入ってナンボという育ち方をしてきたのだ。 当時の、上も下も、文字を読めない人も含めた全ての客が、しっかり耳で聞いて理解し、心から愛し育ててきたこの吉典芸能が、今になって客を虚仮にしだすなんてどうなっているのだろう。 …… 人形遣いもへンテコになっている。…… …… 今では、人形遣いが人形と同じように体や首を動かす。悲しい場で悲しい思い込みの表情を人形遣いの顔に見ると、私は白けてしまう。 ……すごい歌舞伎役者がいる。この役者を最初に見たのは、秋元松代作の「元禄港歌」である。テレビ・新劇ごちゃ混ぜの相手役者を、主役でもないこの人が自分のノロノロ歌舞伎ペースに引きずり込んで、堂々と演ってのける厚かましさに、私はのけぞった。それが嵐徳三郎。歌舞伎中途入学の大卒さんで、誰一人後ろ楯がない。だから本舞台はいつもチョイ役だが、チョイなのに「伊勢音頭」の万野などをやると、すぐに貢の大名題役者を食ってしまう。このうまさが嫌われるのか、未だ歌舞伎座に上ったのは数えるほど。 徳三郎を含め、何十年も歌舞伎に取り組んで力をつけ、いつでも演れるのにいつまでも演らせてもらえない人がたくさんいる。そして何もできない御曹司がパッと出てきてこれらの人の出口を塞ぐ。 この因習の打破を考えて、国民の税でもっと国民が楽しめる古典芸能の発展を、と今の国立劇場ができたはずなのに、どうして実行しないのだろう。 ……そろそろ歌舞伎座の支店のような公演はやめてほしい。 例えば、徳三郎の桜姫・孝夫の権助で「東文章」、歌江の瀧夜叉・富十郎の光圀で「将門」、信二郎の伊左衛門・笑也のタ霧で「吉田屋」。これに国立が育てた若手全員をからませた一ケ月の本公演。 こんな公演をやれば、若い役者は死に物狂いで技を磨き、やがてその中から国立劇場おかかえの大名題役者が出てくるのだ。 ああ、なんと胸躍る楽しい歌舞伎であろうか。 歌舞伎ファンである私の『宝島』になるだろう。 |
(追記)
先日、NHKテレビでの猿乃助スーパー歌舞伎をチラッと見ましたら、市川笑也の女形姿を見ることが出来ました。
とても綺麗な女形の声を堪能出来ました。
しかし、主役の猿乃助の声がガラガラで気持ちが悪いので、残念ながら直ぐテレビを消してしまいました。