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小泉氏首相を支持する日本人と曾我ひとみさん

2004年6月6日

宇佐美 保

 

 小泉首相の、今回の突然且つ理不尽な北朝鮮訪問、そして、その交渉の悲惨な結果から、彼の支持率は急降下するかと思いきや、却って支持率は上昇というのですからビックリです。

 

否!ビックリするよりも、空しくなって、この拙文を10日前に書き始めましたが、そのままほっぽり出してしまいました。

 

 でも、今回の小泉氏の計画性の無い行動の為に、大変な被害に遇われた曾我ひとみさんを初め多くの拉致被害関係者の方々のお気持ちを思うと、何としても書き上げようと思いました。

 

 小泉氏は国会にて次のように答弁されています。

(朝日新聞:6月3日)

 

 小泉首相は2日の衆院決算行政監視委員会でのやりとりの中で、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記を「独裁者」と呼んだ。首相は再訪朝についての民主党の岡田代表の質問に答え、「独裁者の国では、交渉でまとまったものでも、話し合いの進展によっては変わる場合がある」「独裁者自身の考えがどうなのか、確かめるすべは私が行くしかなかった」と2度にわたり言及した。

 

 独裁者相手では、小泉氏自身が対決して話を進めるしか道が無かったのなら、何故、もっと早期に訪朝していなかったのですか!?

 

 522日付けの毎日新聞には次のように記されています。

 

……

 小泉純一郎首相の今回の北朝鮮訪問は、日本人拉致問題をめぐるこう着状態を打開し、日朝国交正常化交渉の再開に道筋をつけるためのものだ。交渉再開に向けては、核・ミサイル問題での進展や、日本から北朝鮮への食糧援助の再開問題も焦点になる。……

 

 可笑しくはありませんか?

拉致問題をめぐるこう着状態」は、一面、確かに北朝鮮の主張通りに「5人の方々の一時帰国との約束を日本側が破った」事に起因しているのではありませんか?!

 

 それに、「交渉再開に向けては、核・ミサイル問題での進展」とのことですが、先の平壌宣言には次の記述が有るではありませんか!?

 

 双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。


 平壌宣言後、北朝鮮の核疑惑が湧き起こった際に、直ちに小泉氏は訪朝すべきだったはずです。

相手側が断ろうと有無を言わせず、押しかけるべきだったのです。

そして、その際に、「拉致問題」に於ける「5人の方々の日本永住」そして、「死亡・不明とされている10人の再調査の即時開始」をも強く迫るべきではなかったのですか?!

更には、ご家族の日本への移住を強く迫るべきでした。

 

 1年半も前なら、米国の「イラク侵攻」も始まっていなかったので、ジェンキンスさんの訴追免除の可能性も有ったはずです。

 

 しかし、このジェンキンスさんの訴追免除に関しても、小泉氏は飛んでもない発言をしています。

(朝日新聞:5月17日)

 

 小泉首相は27日、拉致被害者の曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんに対し米国が訴追の構えを崩していない問題について、「米国側と事前に話がつく問題ではない。ジェンキンス氏が帰っていないのに、恩赦しますとか訴追はしないとか、事前に米国が公式的な場では言えない」と述べた。家族との帰国・来日が実現したうえで、曽我さん一家が日本に定住できるよう米側と本格的な折衝に臨む考えを示したものだ。参院イラク復興支援・有事法制特別委員会で、斉藤勁氏(民主)の質問に答えた。

 

 この1年7ヶ月の間、日本政府はジェンキンスさんの件で米国との交渉を全く持っていなかったのでしょうか?

呆れてしまいます。

小泉氏は、ジェンキンスさんに対して身柄の保証が何も無いのに、日本に来るようにと説得されたとのことです。

 

 そして、ジェンキンスさんに、“米国の対応を日本の新聞からも得ている”と反論されてしまっているのです。

(朝日新聞:5月20日には、次のように書かれています。)

 

……米国防総省当局者は18日、曽我ひとみさんの夫で元米兵のジェンキンス氏について「極めて深刻な統一軍事裁判法違反に問われていることを日本政府にすでに伝えてある」と述べた。さらに同氏が北朝鮮に滞在中は時効期間が停止していると指摘。「国籍に関係なく訴追対象となる」との見方も示した。

 一方、別の米政府高官は同日、ジェンキンス氏への対応が日米両国間の「重大な問題」になっていると述べ、あらゆる可能性について検討していることを示唆した。

 恩赦などの例外的措置に対しては、特に米軍の制服組に反対意見が根強いことを踏まえ、同政府高官は「彼は重い罪に問われている」と指摘したうえで「まだ決定は下されていない」と話し、米政府が慎重に対応を検討していることを示した。

 

 この様なジェンキンスさんの反論に対して、小泉氏は、外務省役人の助言で、

「I guarantee(私が保証する)」と英語でメモを書いて手渡し、身柄の安全を約束したが、拒否の姿勢は変わらなかった

とのことですが、冗談ではありません。

いくら小泉氏が保証すると云ったって、相手(米国)が居ることです。

その上、小泉氏の首相の座にいる期間だった不安定です

それに、縁起でもないことですが、いつ小泉氏が命を落とさないとも限りません

 

 この様な状態で、ジェンキンスさんの訪日を促すのは詐欺行為でさえあります。

平壌での1時間にわたる説得は、小泉氏の全くの政治的パフォーマンスでしかなかったはずです。

 

 ですから、私には、松木薫さんの弟信宏さんの次の発言(毎日新聞2004年5月22日)に共感します。
 

小泉首相が政治的パフォーマンスに利用した責任は重大で、絶対許せない。

 

 家族会代表の横田滋氏の発言(毎日新聞2004年5月22日)を小泉氏は真摯に受け止めたのでしょうか?

 

 予想していた範囲の最悪の結果になりました。一番いい結果は例えば、何人か生存の情報。反対に一番悪い結果は、8人の方が帰ってこられるけど、もしかしたらジェンキンスさんの帰国ができなくなるということだったわけですが、最悪の結果となりました。

 曽我さんの場合も、意思確認が北朝鮮で行われた結果、しばらくの間解決が遠のいたという感じがします。会議が順調に進んだとして早く切り上げたんですが、時間をかけて交渉すべきだったと思います。結果的に北の実利だけが通ったような形で、落胆しております。

 一昨年9月17日の時は、「死亡」と言われて家族はほとんどの方が涙を流したわけですが、今回は涙を流した人は一人もおりません。怒りの声だけでした。小泉(純一郎)総理に直接お会いする場合、家族の怒りが強すぎて、どうなるか心配するぐらいです。最悪の結果と言わざるを得ません

 

 しかし、お気の毒な横田氏は、その後小泉支持の声の大きさにご遠慮されて、小泉非難のトーンを下げられてしまわれました。

 

 何か可笑しくありませんか?

拉致被害者の家族会の方々の御発言の調子は、1年7ヶ月前の場合と殆ど変わっていないのに、可笑しくありませんか?

以前は、蓮池透氏(「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長)の発言等はもっと過激だったと記憶しています。

 

 先日の「イラク人質事件」の際の、ご家族の方々の発言も、過激ではありましたが、その過激さは、17ヶ月前以来の拉致被害者の家族会の方々の御発言と同じようと私は感じました。

被害に遭われたご家族の方々の発言がどんなに過激であっても、その苦しみを慮って甘んじて傾聴するのが政治家の度量でしょう。

(しかし、今回小泉氏は、国会で不思議な答弁をしました。記憶が定かではありませんが、「今回の訪朝に対してのどんな世論にも、我が身に受け止める」とかだったと思います。

しかし、この小泉答弁の際には、既に、小泉訪朝の世論支持率は高かったのです。

それを知って、こんな答弁は小泉氏一流の「政治的パフォーマンス」です。

身を曝すのは、家族会の方々の切実な訴えです。)

 

 どうもおかしな動きがあるのではないでしょうか?

益々、ヒトラーに似てきた小泉氏には、ヒトラーを盛り上げた当時の宣伝大臣ヨゼフ・ゲッベルスのような人物が影にいるのではないでしょうか?

なにしろ、小泉氏は「小泉内閣メールマガジン」を毎週発行しているのですから、そのスタッフを動員すれば、数百通位の誹謗メールは簡単に送付出来るでしょう。

 

 朝日新聞(5月25日9の記事は次のようです。

 

 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)が訪朝後の小泉首相と面会した際の発言に、批判が出ている。家族会と支援団体の「救う会」は25日、「ご批判に対して」と題する見解を発表した。

 救う会によると、首相と面会した家族会メンバーが訪朝結果を批判した22日夜から、メールが500件、電話が100件、救う会にあった。4分の3は「首相に感謝の言葉がない」「拉致被害者の家族の帰国を喜ばないのか」などと批判する声という。
……

 

 そして、週刊朝日(2004.6.11号)の「ギロン堂」のコラムの中で田原総一朗氏は、次のように得意気に記述しています。

 

……

 実はわたしは、22日夜の小泉首相の家族会とのやりとりをテレビで見ながら、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」の反応を見守っていた。初めは小泉訪朝への批判が多かったのだが、家族会の人々の小泉首相への厳しい批判が続くと、逆に家族会への批判が出始めて、見る間にそれが圧倒的な数になり、罵詈雑言まで噴出した

 これは世論が変わるぞ、と思った。各テレビ局が、その厳しい発言をこれでもかというぐらいリピートする。これではだれでもうんざりする。

 今回の世論調査は、マスコミのミスリードにいら立っていた人々が、「2ちゃんねる」と同様の反応をしたのだと、わたしはとらえている。

 

 可笑しいですよ、「イラク人質事件前」或いは「今回以前」には、被害者の御家族への反発の声は、全くと云って良い程無かったのですから、そして、ご家族の対応も依然と何らか割っておられず悲痛な叫びである訳です。

 

 そして、只一人、以前拉致問題に関して異論(?)を唱えた田中知事には、その後の同様の発言を封じ込めてしまう力があったのです。

(拙文《曽我ひとみさんをご家族のもとへ帰して》等を御参照下さい。)

 

 でも、今回は違うのです。

なにしろ今の日本は、身近で犯罪が起こっていても、誰もが見て見ぬ振りをする時代です。

君子(?)危うきに近寄らず」です。

しかし、直ぐに「赤信号みんなでわたれば怖くない」と変身するのです。

 

 ですから、今の日本の世論を操るのは簡単です

宣伝大臣とその部署が、メールと、インターネットの「2ちゃんねる」に一寸火を放てばよいのです

その後は、燎原に放たれた火の如く燃え上がって行くことでしょう。

 支持率を武器とする小泉氏にとっては、誠に好都合な時代です

ヒトラー、ゲッベルスのコンビが地獄から復活しないとも限りません。

危険なことです。注意すべきです。

 

 その結果、小泉氏の帰国直後は、拉致家族の返還については、「私が行ったって良かったのだ」と小泉批判をテレビで発言していた平沼赳夫・拉致議連会長も、その後は黙りを決め込んでいます。

効果抜群です。

 

 更に、田原氏は、又、得意気に、次のようにも書かれています。

 

……

 だが、22日夜遅くから翌日にかけて、わたしなりに取材して、とらえ方が変わってきた。

 北朝鮮との会談では、2日間やれば1日日、そして午前、午後の2回やれば午前中は必ず、日韓併合以後、朝鮮民族がいかに日本人に殺され、財産を奪われ続けてきたかという歴史を連綿と訴え続けられる。それが決まりきったパターンになっているようだ。山崎拓・自民党前副総裁も、大連で9時間会談したうち、この儀式のような訴えに6時間も費やされたという。

 そこで小泉首相は、儀礼的、建前的やりとりはいっさい外して、いきなり本論から入ることを訪朝の前提条件とした。さらに外務省が、出迎えは従来どおりで頼もうといったのを、首相は「儀礼はいっさい廃するのだ」と強く命じた。だから、儀礼的な出迎えはなく、首脳会談も1時間半で終わったわけだ。ただし、ジエンキンスさんの問題は残った

 

 どうも可笑しいです。

田原氏は、小泉氏の提灯持ちに成り下がったのでしょうか?

インタビューの名手である田原氏だったら、まず相手の愚痴を存分に聞くことも会談の成果を挙げる有効な手段であることは、ご自身の日頃のご活動から充分ご存じの筈です。

 

 しかし、この件はさておき、田原氏も記述されているように「首脳会談も1時間半で終わったわけだ。ただし、ジエンキンスさんの問題は残った」のです。

なのに、先に書きましたように、ジェンキンスさんに小泉流政治パフォーマンスを披露するのは失礼な話です。

 

 小泉氏の政治姿勢は、全て「イラクが安全かどうか、何処が安全かを、私に聞かれても判らない」的です。

 少なくも一国の首相であるなら、次善の策を常に用意しておくべきです。

早急に、米国からのジェンキンスさんの身柄安全が確保出来ないのなら、先ず一旦は、曾我ひとみさん外務省の役人に採用し、日朝国交正常化事務局の高官に任命し、且つ、その平壌支局を設立し、その敷地内に曾我さんご一家の官舎を建設し、曾我さんご一家の日朝間渡航の自由を保証する位のことを、金正日氏と話し合うべきでもあったのだと、私は思います。

(勿論、曾我ひとみさんには大変お気の毒ではありますが、でも、この件は、1年半前にでも実行しておくべきだったのかもしれません。)

 

 (更にこんな事を書くと曾我さんのおしかりを受けるかもしれませんが、今後日朝間の協議で核問題等が解決すれば、その解決に尽力された功績によって、米国はジェンキンスさんの恩赦を取りはからうかもしれません。)

 

 何れにしましても、「人生色々」等と、まるで、クレージー・キャッツの「スーダラ節」的答弁を国会で、平気で行う小泉氏の支持率の高い事が大変悲しいことです。

 

 小泉氏ご自身は、「人生色々」とお気楽に構えておられようと、「私って何てややこしい人生になってしまったんでしょうね」と嘆いておられる曾我ひとみさんを初め多くの拉致被害者、又、家族の方々が居られることを忘れないで下さい。


 

(補足)

 

 少なくとも、田原氏の先に掲げた次のような見解には反対です。

 

 今回の世論調査は、マスコミのミスリードにいら立っていた人々が、「2ちゃんねる」と同様の反応をしたのだと、わたしはとらえている

 勿論、小泉一派の謀略説は、兎も角として、先ずは、北朝鮮への支援に賛成する人達が、小泉支持を強硬に打ち出したのが事の始まりでは?

そして、この人達が開けた蟻の一穴に、この1年半もの間、拉致問題関係者の方々による、「北朝鮮に対しては、日本国民一枚岩であるべき!」等との激しい、云ってみれば、言論統制等に、一人では立ち向かえず歯ぎしりしていた政治家役人達、又、多くの人達が、なだれ込んでいった結果だとも思っています。

 

(イラク人質事件の際の、政治家役人達などの反応にも、同様な動きを私は感じました。)

 

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