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「原発がなければ停電する」の嘘を暴かれる広瀬隆氏

2011629

宇佐美 保

 

 昨夜(628日)のテレビニュースを一寸見ましたら、東電の株主総会に出席された方へのインタビューが流されていました。

 

 そして、その方々は“原発は総発電量の3分の1を担っているのだから、原発反対には票を入れなかった”と語っていました。

 

 私は先の拙文≪電力30%を担う原発を廃止すると電力不足になるとの欺瞞≫で、京都大原子炉実験所の小出裕章助教の題名通りの御見解を紹介させて頂きました。

 

 ところが、マスコミは依然として、“原発を止めると電力不足に陥る”とのウソ情報を流し続けています。

ただ、『週刊ポスト』だけは他のマスコミと異なり“原発を止めると電力不足に陥る”の欺瞞を暴いています。

 

 若しも、マスコミが“原発を止めると電力不足に陥る”を信じているなら、朝日新聞、テレビ朝日は率先して、最も電力不足に陥る夏の午後の「夏の甲子園高校野球大会」の延期、或いはテレビ中継の中止(或いは、夜に録画中継)を打ち出してくるべきです。

(しかし、そんなこともせずに“原発を止めると電力不足に陥る”を流しているのは、それなりのお金が、その筋から入っている為と私は勘繰ります)

 

 この“原発を止めると電力不足に陥る”のウソを何としても排除しなくてはなりません。

そこで『福島原発メルトダウン 広瀬隆著:朝日新書』から、次のように抜粋させて頂きます。

 

 原発がなければ停電するか

 

 福島第一原発事故後、東京電力は計画停電を強行し、一方で菅直人政権は「夏の電力不足にともなう大停電を避けるため」という理由で、一九七四年の石油ショック以来の電力使用制限令を発動することを検討してきました。おそらく、この「停電」に対する心配が多くの人々の胸の内にあり、「電気の三分の一を占める」と宣伝されてきた原子力をおそるおそる持ち続けなければならないと考えたのでしょう。原発と本当は付き合いたくないけれど原発がなければ電力需要はまかなえないから仕方ない、といった「背に腹は代えられない」気持が世論調査に表われたと私は見ています。

 この大きな誤解を解かなければいけません。

 

 図18を見てください。元慶應義塾大学助教授の藤田祐幸さんが調べた、日本の発電施設の設備容量(発電能力)と最大電力の推移です。火力と水力と原子力を毎年合計したものが棒グラフです。そこに走っている折れ線グラフが、その年の最大電力、つまり一年で最も暑い真夏の午後二〜三時ごろに記録される電力消費のピークです。

 

 

 

 棒グラフのいちばん上の原子力がなくても、火力と水力で発電能力は十分、間に合っています。しかも過去最高の電力消費のピークは二〇〇一年で、それ以後一〇年近くもこれを超えていません。それどころか、二〇〇八年度、二〇〇九年度と二年続けて、産業界の落ち込みのため電力消費が激減してきました。

 ではなぜ、「原発が電力の三分の一を占めて、原発がないと停電する」かのような誤解を招いてきたかといえば、笑い話のような本当の話ですが、わが国は、大量の発電能力を持った天然ガス火力の発電所を抱えながら、その稼働率を五〜六割に意図的におさえてきたからです。天然ガス火力とは、最もクリーンで、世界的にも先進国で現在の主力発電の設備なのですよ。ガスではなく、石油火力もあります。こちらは驚いたことに、一〜二割の稼働率なのです。原発がないと停電する、と考えることがそもそもナンセンスです。

 大震災後に東京電力が計画停電を強行したのは、東北地方三陸沖地震で火力発電所も一時的に被害を受けたからです。火力発電用の燃料搬入にも支障が出たでしょう。しかし火力発電所の復旧は、原発のように深刻ではありません。こわれたら部品を取り替えるだけです。復旧に取り組めば、たちまちトラブルを解消できます。火力発電所が復旧すれば、電力需要は問題ないのです。

 このような原発事故の重大事態で、ただちに天然ガス火力と石油火力をフル稼働しなければならないというのに、東京電力がまじめにその対策を取らずに計画停電によって首都圏を混乱させ、多くの企業と市民生活に対して甚大な被害を与えたことは、社会に対して、電力会社としての責任を果たせない、本質的な問題を明らかにしました。加えて、夏場に向けての電力不足を煽る言辞が世間に流布していますが、これもまったくエネルギーと発電技術の現状を知らないド素人集団によるデマです

 天然ガス火力の発電所は、ほんの数ヶ月で設置可能なのです。このことを、二〇一一年四月六日付の「ガスエネルギー新聞」にエネルギー・環境問題研究所代表の石井彰さんが、「フクシマ後」のエネルギー「天然ガスの時代」 へ″と題して、プロの立場から日本の電力の実態を説明しています。福島第一原発事故が起こったのは、三月一一日です。なぜ東京電力は、すぐにその不足電力の手当てに着手しなかったのか。もし間に合わないなら、なぜガス火力で世界一のメーカーであるアメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)に急いでその手配をしなかったのか。電力会社が電力の供給をできないなら、まったく、電力会社として失格です。

 原発推進論者たちは、天然資源の枯渇を問題にするでしょう。しかしこれも、エネルギー業界の真相を知らない、時代に遅れたド素人の発言です。全世界で新たな天然ガス田が続々と発見されていることも、二〇二年二月二日付の「ガスエネルギー新聞」に石井彰さんが報告しています。地中海で、あるいはマダガスカル島沖で、インド東側海域で、オーストラリア北西大陸棚で、ブラジルで、トルクメニスタンで、実に二〇〇九年まで一〇年間で埋蔵量が三割近く増加しています。これらの天然ガスに加えて、非在来型と呼ばれるコールベッドメタン、タイトサンドガス、シュールガス、メタンハイドレートのように新たな天然ガス資源の存在が次々と確認され、その埋蔵量は(石油天然ガス・金属鉱物資源機構10GMECの試算で)九二二兆立方メートルに達し、すでに従来の天然ガスの五倍もあることが分っています。将来も、続々と発見されるでしょうから、ガスだけで二〇〇年をはるかに超える余裕があると、私は見ています。

 もう一つ重要なことは、ここ何年も続いてきた日本政府の愚かをきわめる無策です。

日本人は知らないようですが、電力の供給ができるのは、電力会社だけではないのです。

保安院の西山英彦審議官は、「原発なしでは日本はやってゆけない。原子力の代りは停電だ」と国民を洞喝する発言をしましたが、このように電力の実態を知らない人間が日本の行政を動かしているから、日本人全体が無知になるのです。この審議官の無能さには、あきれて言葉を失います。

 IPPIndependet Power Producer)と呼ばれる独立系発電事業者の電力をフルに活用すれば、日本は将来にわたって、停電など百パーセント起こり得ないのです。一九九七年一二月の「電気事業審議会基本政策部会」中間報告によれば、一九九五年に導入された卸電力入札制の実施経験から、独立系発電事業者たち民間の電力事業に対する潜在的な規模は、二一三五万〜三四九五万キロワット、将来に制度を改革すれば、潜在的参入規模は、三八〇〇万〜五二〇〇万キロワットに達する見込みである、と述べているのです。

 この制度改革とは、電力会社が握って、ほかの発電業者を排除する嫌がらせに使っている送電線の独占をやめさせることだけです。発電と送電の事業を分離し、送電線は国家が「国民のために」管理するべきなのです。自由に発電できる業者が最大五二〇〇万キロワットあるなら、全国の原発五〇〇〇万キロワットは即刻廃絶しても、まったく問題ないことに気づきませんか? しかも、これら卸電力業者は、電力市場に新規に参入するのですから、その価格は現在の電力会社より安く供給されるようになって、原発の恐怖から解放される国民にとっては二重、三重の喜びです。それらの企業とは、新日本製鉄、荏原製作所、昭和電工、トーメン、日立造船、日本石油精製、日立製作所、神戸製鋼所、出光興産、日本製紙、川崎製鉄(現・1FEスチール)、コスモ石油、宇部興産、東京ガスなどなど。これら日本を代表する山のような大企業が、合計すれば大量の発電能力を潜在的に持っているのだから、日本政府がこれら企業に発電を指令すれば、一夜にして問題が解決するのです。私が総理大臣なら、ただちにその政策を実行します。日本は未開の国ではないのだから、停電など、冗談ではないのです。

 日本に原発は、まったく必要ないのです。マスコミに流布するド素人のように無知な停電論議は、もういい加減にやめるべきです。日本人の生活と企業に必要なのは、原発でも放射能でもなく、電気なのです。原発ばかりを宣伝して国民の生命を脅かし、テレビ界を支配して、なおかつ政治家の腐敗、官僚の腐敗をはびこらせる電力会社に頼らずに、電気が使えるようになるなら、それほど好ましいことはないと思いませんか?

 今、日本人が助かるために急いで求められているのは、この国民一人ずつの意識の改革なのです。事実を知ることです

 原発がなくても電力需要にまったく影響がない、ということは実証されています。二〇〇三年四月一五日のことです。その日、東京電力は前年の二〇〇二年に原発の重大欠陥を隠蔽し、データを改竄する不正が発覚したため、福島第一原発・第二原発と柏崎刈羽原発の原子炉一七基すべてを停止するという事態に追い込まれました。ここで、今回と同じように、真夏の電力危機が喧伝されましたが、その後、まったく停電は起こっていません

 そもそも、真夏の日中に起こる、ほんの一時的な大量のピーク電力需要をまかなうことを目的として、原発の建設を進めたり、その運転を続けたりすること自体が、不条理きわまりない話です。そのピークの電力需要は、ほとんどが企業や自治体、学校などの組織的な活動によるもので、家庭の電力問題ではありません。

 ピーク時の電気代を高くするように時間別の電力料金制度を設定すれば、企業はコストに目ざといので電力節約に走り、電力の消費量さえ簡単に下げることができるのです。

また、すぐれた発電法はほかにいくらでもあります。発電所や発電設備はできるだけ分散し、安全で小型なものに向かうべきであって、そのために必要なのは、電力会社が独占してきた電力の完全自由化と、送電線の分離であると、日本全土が声をあげるべき時期です

 

 

 このような広瀬隆氏の御見解がもっと日本中に広まる必要があると存じます。

『日本人の誇り』との書籍を出される数学者の方も居られるようですが、このような事実に目を向けず、この地震大国で更なる原発事故が危惧される状態で、「原発なくしては日本経済が成り立たなくなる」等と言って、自国の経済を優先し、再度、世界中に放射性物質をまき散らす危険性を放置して、原発存続を黙認している私達日本人を「誇りある日本人」と世界が認めますか!?


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