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口はご立派、心は疑問の安倍晋三氏(1)

2005年8月16日

宇佐美 保

 テレビ朝日放映『サンデープロジェクト(731日)』 “異色対談 安倍晋三VS志位和夫 にて、安倍晋三氏(自民党幹事長代理)は、志位和夫氏(共産党委員長)を相手に滔滔(とうとう)とまくし立てていました。

 

 そして、その弁舌の鮮やかさは志位氏を遥かに凌いでいる感がして、“成る程、次期首相候補としてマスコミがもて囃す筈だ!”と納得しました。

しかし、安倍氏の口は実に見事でしたが、その内容を良く噛み砕いて味わいますと安倍氏の心から苦い味がしみ出てきました。

(そして、事実誤認されておられる発言もありました。)

 安倍氏に首相を委ねたら、又、小泉氏の場合同様に、否! もっと悲惨な状況に日本は追い込まれてゆくのではなかろうかと不安になりました。

 

 そこで、当日の安倍氏の発言を此処に掲げさせて頂いて、安倍氏の心の中を覗かせて頂こうと存じます。

(カッコ内の文言は私が補いました)

 

志位和夫氏:

(安倍氏は)歴史観は色々あるといったが、
村山談話(植民地支配と侵略)が政府の歴史観(であるのに)
靖国は、正しい戦争だったとの立場(をとっている)。

 

安倍晋三氏:

「戦前は兵士達は死ねば靖国に祀られる、国民から自分達の魂が安らかになれるように手を合わせてもらえる」死者との契約がそうなっていたと思います(少なくとも建前としては)。

御遺族のほとんどはこの靖国神社に足を運んで心を癒されているのも事実ですね。

 

それでは、拙文《チンピラの発想の小泉首相》にも記述しましたが、沖縄や、サイパン、更には東京等の大空襲、更には、広島、長崎の原爆で亡くなられた方々は?そして 御遺族の方々は何処で心を癒されるのですか?!

何故、全ての戦争犠牲者を追悼する施設を建設しようとなさらないのですか?!

新しい追悼施設建設の後に、靖国神社に祀られておられる神々に、“新しい施設で全ての戦争犠牲者とご一緒に追悼させて頂きます”と願い出たら、神々はお怒りになりますか?

謹んで願い出たら神々が怒りになる筈はないと私は思うのですが?!

(この件は、次の志位氏の発言にもつながります)

 

 そして、この安倍氏の発言「兵士達は死ねば靖国に……死者との契約がそうなっていた……」のように「死んだ方のご意向」を持ち出してくるのは、日中戦争に関して批判演説をした斉藤隆夫議員の演説とそれに対する反応(「10万英霊への冒涜」)を思い起こされます。

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/saitoutakao.htm)より以下引用させて頂きます。

 

斉藤隆夫議員は、「すべての戦争は力と力との衝突である。そうした戦争観を鏡とすれば、国際正義、道義外交、共存共栄、世界の平和等の美名を掲げて聖戦などと称することは、単なる虚偽にすぎない」と、いう約1時間半に及び斎藤の演説は、いうまでもなく軍部が主導する戦争政策全体への批判で、その要旨は、

@1938(昭和13)年1月の近衛声明が「支那事変」処理の最善をつくしたものであるか否か、

Aいわゆる東亜新秩序建設の具体的内容とはいかなるものか、

B江兆銘援助と蒋介石政権打倒を同時に遂行できるのか、

C「事変」勃発以来すでに戦死者10万、国民にさらに犠牲を要求する十分な根拠を示せ」というものであった。

 

 この演説に対して、特に陸軍から

「聖戦目的の侮辱、10万英霊への冒涜(ぼうとく)

であり、「非国民」と攻撃され衆議院議員を除名されたのです。

 

 尚、この齋藤議員の除名に関しては、小泉首相の祖父小泉又次郎議員が関与していたそうです。

 

 更に、この靖国参拝に関しては東京新聞(82日)の小熊英二氏(慶大助教授)の見解も掲げさせていただきます。

 

 戦争犠牲者の追悼という観点からいえば、靖国神社は不適格です。政府が公務死と認定した戦没者を祭っているだけで、空襲や原爆で死んだ人の大半は祭っていない

 また靖国神社は、特定の歴史観や思想を押し出しています。靖国神社は三年前、兵器や遺品などを展示する博物館「遊就館」を全面改装し、新館を増設しました。そこでは、日中戦争や太平洋戦争を「侵略戦争でなく、自存自衛の戦争、アジア解放の戦争だった」と正当化しています。

……

 首相をはじめ靖国に参拝したいという政治家には、以下のことを申し上げましょう。わざわざ八月十五日に、テレビカメラの放列のなかを参拝して国の内外を騒がせて、死者の霊が喜ぶと思いますか。売名行為ではなく本当に死者の霊を尊びたいというなら、ご自宅ででも静かに戦没者の霊の平安を願いなさい、と。

 

志位氏:

戦争で亡くなられた方への追悼は政府の責任であって、政府の責任に於いてやらなくてはいけない。

追悼の場として靖国神社がふさわしいか?

靖国神社は政府と異なる正しい戦争だったとの戦争観を持っている、そしてそれを広めることを使命としている。

靖国神社はABC戦犯を昭和受難者として祀っている(「やすくに大百科(靖国神社発行)」より)

 

安倍氏:

A級戦犯と言われている人々は「事後法」で裁かれ、28名が起訴され、25名に判決を下され、そのうち7名が死刑になり、14名が靖国神社に祀られている。

賀屋興宣氏は終身刑であったが釈放され国会議員になり法務大臣になっている。

重光葵さん(良く聞き取れませんでしたが、多分重光氏と思いました)は無期懲役刑ですけど後、外務大臣になっている又勲一等を授与されている。

このことから明らかなように国内法的には犯罪者ではない。

 

 しかし、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、賀屋興宣氏に関しては、「勲章を辞退した」との次の記述が載っています。

 

戦没将兵の単なる遺族互助団体だった日本遺族厚生連盟を日本遺族会と改称し右傾化させた張本人として一部から批判されている一方、タカ派ながら過去の敗戦責任を痛感して勲章を辞退した一面もあり、肯定的・否定的双方の見方がある政治家であるといえる。

 

また、安倍氏の発言では、重光氏は無期懲役刑との件ですが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、「有期禁錮:7年」と記述されています。

 

安倍氏:

よくある議論で、総理が参拝することは、サンフランシスコ条約第11条に反しているではないか、非難がありますが、では、重光さんが外務大臣になって国連の場に行った時、何故非難が起きなかったか、と言うことはその論理がおかしいと言う証明です。

 

志位氏:

A級戦犯はあの戦争の指導者としての責任が裁かれた。

私はA級戦犯として有罪の判決が下った人が大臣になる政治がおかしい。

……

私は安倍さんに聞きたい

安倍さん自身は過去の戦争を靖国神社のように自存自衛の戦争だと考えているのか?

それとも間違った侵略戦争だと考えているのか?

この点をはっきり答えて欲しい

 

もう一つはA級戦犯という人々について靖国の云うように濡れ衣だと罪がなかったと言う人たちだと考えているのか?

国際法廷で裁かれたのは、裁いたこ事自体は正しかったのか?

 

安倍氏:

基本的には、歴史観等々について政治家が発言することは別の意味を持ってくる、外交の問題にも発展してゆく。

大平総理が53年にA級戦犯が合祀された後も54552年連続して3回にもわたって靖国神社に参拝しています。

そしてその時に質問が出ましたA級戦犯が合祀されたあとですから、A級戦犯戦争についてどう考えるかとの質問が出たときに、大平総理はA級戦犯の問題、大東亜戦争の問題は歴史が判断を下すだろう。

これこそが私は政治家として英知ある言葉なんだろうと思います。

戦争には色んな側面もあります、そしてアジアの人達に大変な被害そして悲惨な結果を齎したという責任は当然あります。

ですから、日本はそれぞれの国と平和条約を結ぶ際賠償を行ってきました。

国と国との関係に於いてはその賠償に於いて歴史的には終止符を打つのです。

勿論、国民とか政治家、先ほど申しましたように歴史に対しては謙虚でなくてはいけませんけれど。

 

 安倍氏は、更に、この賠償問題に関しては、後の部分で、次のようにも発言しています。

 

安倍氏:

あの時代にですね、日本は日本として平和条約を結ぶ時に国民の税金で賠償金をしっかりと支払ってきましたね。そして、政府の公式的な見解を表明しています。

そして、中国に対しては21回に亘って謝っているではないですか。

ですから私は、それは日本が示した歴史に対しての責任のとり方であった。

 

更に、

 

安倍氏:

しかし、勿論、その間、日本が朝鮮半島を植民地支配していたのも事実ですし、これは大変な屈辱が合ったでしょうし、それはそう思うのが当然でしょう。だからこそ、これは65年にいわゆる日韓の基本条約を結んで、日本は賠償を行ったんだろうとこう思います。

そして、中国に対しても20数回にわたって謝罪をしているではじゃないですか、それが私の基本的な考え方ですがね。

 

これらの安倍発言に私は、疑問を感じるのです。

先ず、「歴史観等々について政治家が発言することは別の意味を持ってくる、外交の問題にも発展してゆく」との安倍氏の見解は、これは安倍氏の逃げ口上と私は思います。

他国の問題なら兎も角、自国の起こした問題に対しては政治家自らの見解をはっきり表明すべきです。

 

若し、安倍氏が《主権は国民にある》と信じているなら、政治家は、自己の歴史観をはっきり国民に提示すべきです。

そして、その政治家の歴史観が国民に支持されなかったら、その政治家は選挙で淘汰されるのです。

それなのに、安倍氏は「腹の中ではどのような歴史認識を持っているか分からない政治家」を選挙で選べと言うのですか?

 

又、安倍氏は、“日本はそれぞれの国と平和条約を結ぶ際賠償を行ってきました。

国と国との関係に於いてはその賠償に於いて歴史的には終止符を打つのです。……”と発言しましたが、韓国については、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、次のように記述されています。

 

対日戦勝国として賠償金を求める韓国に対し日本は合法的に韓国を併合していたため、韓国に対して国家賠償をする立場にないと主張した。サンフランシスコ平和条約にともなう講和会議にすら招請されていない韓国がその主張を貫くには根拠希薄であったため、日韓基本条約本文においては賠償について一切触れられていない。日韓基本条約に付随する経済協力協定によって経済協力金を以下のように支払った。韓国側はこれを戦争賠償金として解釈、国民に説明していたようである。このあいまいな説明が、後述の見直し論につながっている。

この協定により、日韓間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された。

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定によって経済協力金を以下のように支払った。

3億ドル 無償協力(1965年

2億ドル 円有償協力(1965年)

3億ドル以上 民間借款(1965年)

 

 そして、

北朝鮮とはまだ国交は正常化されていません。

 

更に、

中国は賠償権を放棄しています。

それでも、中国には、3兆円のODA(Official Development Assistance(政府開発援助))を供与していると多くの人は主張しています。

 

 そこで、この件に関して、拙文《政治も外交も社会通念が基本》にも掲げた部分を再掲します。

 

野田毅氏(自民党衆議院議員・日中協会会長)は、417日のテレビ朝日『サンデープロジェクト』に於いて、次のように発言されていました。

 

 “日清戦争以来、日本が中国に与えた損害は、数百兆円にもなるだろう。……”

 

このように、日本が中国に、1000兆円ほどの賠償金を支払っていたのなら、町村氏、小泉氏の発言に少しは説得性がありましょうが、その数百分の一の3兆円のODAです。

加藤紘一(元自由民主党幹事長)は

 この3兆円のODAは有償(要返却)であって中国は今それを日本に返却中であって、
現状では日本から中国への支払いよりも中国からの日本への返却金のほうが多い

とテレビで語っておられました。

 

それに、前にも書きましたが、日本から他国へのODAには政治家、大手業者への多額の見返り金(即ち税金の横流し)の存在が危惧されます。

 

 ですから、安倍氏が「国と国との関係に於いてはその賠償に於いて歴史的には終止符を打つのです」と大見得を切っても、その見解の要である「賠償」が、被害各国に対して十分であったかは疑問です。

例えば、第一次大戦後のドイツの賠償金に関しては、ホームページを探しますと、次のような事が分かります。

http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/inflation1.HTM

 

第一次大戦後のドイツの賠償金:1320億金マルク
金マルク、即ち正貨である。資産の裏付けが必要な通貨

 

この金額は、当時のドイツの国家予算の17年分に相当

 

 そして1923年1月に至る。此の時ドイツは未だ充分な賠償金を支払ってはいなかった。フランスやベルギーは、ドイツの窮状を認めようとしない。却って賠償金支払いの遅れを理由に、両国軍6万人をルール地方占領の為に差し向けたのであった。
 フランスは既に1月9日、賠償委員会で「ドイツからの石炭供給が遅れているのは、意図的なバルサイユ条約違反である」と非難していた。フランス及びベルギーは、「生産的担保」の確保を理由にこのルール地方を占領したのであった。
 重要な工業地帯を奪われた事から、1923年半ば以降、ドイツの生産活動は殆ど停止し、失業者は益々増加していった



 そして、この結末として、ヒトラーが登場してしまったのではありませんか?!

従って、この教訓を生かすべく「サンフランシスコ平和条約」では、

連合国の請求権を放棄

している訳です。

 

第十四条(b

 この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。

 

 しかし、

その代わり戦争犯罪を断罪した「東京裁判」の有効性を次に謳っている

訳です。

 

第十一条【戦争犯罪】

 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。

 

 従って、

東京裁判が「事後法」と言うなら「戦勝国側の賠償権の放棄」も事後法ではありませんか?!

(少なくとも、戦勝国側の国民にとって)

なにしろ、戦争して負けたら、多額の賠償金を巻き上げられるだけでなく、国土を割譲されるのが常識ではありませんか!?

そして、安倍氏は、これら「事後法」を放棄して、第一次大戦後のドイツのように、「国家予算の17倍の賠償金」(今の日本国の予算が、80兆円とすると、その17倍は、1360兆円)を支払おうと言うのですか?

(中国への3兆円のODA(それも有償)など、ほんのはした金!)

 

 そして、先の安倍発言の「大平総理が53年にA級戦犯が合祀された後も54552年連続して3回にもわたって靖国神社に参拝しています。……大平総理は“A級戦犯の問題、大東亜戦争の問題は歴史が判断を下すだろう。”これこそが私は政治家として英知ある言葉なんだろうと思います。」の件ですが、大平総理はと言いつつ、その歴史が判断を下す前に、さっさと靖国に参拝してしまっている矛盾に気付かずに、“これこそが私は政治家として英知ある言葉なんだろうと思います”と感心してしまっているのですから呆れます。

 

 そして、「歴史が判断を下す」との言葉からは、先に掲げた斎藤隆夫議員が、除名になったときに、残した漢詩を思い起こすのです。

http://www.liberal-shirakawa.net/current/tawara/twrlctr2.htmlを参照しました。)

 

請看百年青史上(請う看よ百年青史の上)
正邪曲直自分明(正邪曲直、自ずから分明)

(注)俺の言っていることは、みんなが言っていることだ。
誉めたりけなしたりは、世間に任せる。
一〇〇年経って、歴史の上で見てくれ
何が正しくて、何が間違っていたか。
何が曲がって、何がまっすぐだったか。自然とわかるだろう。

 

 斉藤隆夫議員のような言葉こそが「政治家として英知ある言葉」なのだと私は思います。

 

田原氏:

昭和の戦争に対して安倍さんはどう思っている?

満州事変、日中戦争、太平洋戦争(に関して)

 

安倍氏:

戦争を断罪する時に今のスタンダードでもって当時の状況を全て断罪しても、
これはあまり意味のないことだ
と私は思っています。

 

 この安倍氏の発言の陰には、

“当時は、強国が弱国を餌食とする弱肉強食の植民地時代の常識で、
日本は朝鮮中国に攻め入ったりして戦争したのだから、日本には罪は無い!”

のおもいが見え隠れしています。

それでは、

植民地時代の常識で攻め入った日本に罪は無いと認めたら、
その戦争に負けた日本は、どうすべきですか?

 その一例として、日本が勝ち清国(今の中国)が負けた日清戦争(189495)の場合を、扶桑社の教科書(『新しい歴史教科書』)に見てみましょう。

 

 1895(明治28)年、日清両国は下関条約を結び、新は朝鮮の独立を認めると共に、
日本政府の
財政収入の約3倍に当たる賠償金2億両)あまりを支払い、
遼東半島や台湾などを日本にゆずり渡した

 

 今の日本政府の財政収入が40兆円とすると、清国は日本に、120兆円の賠償金を支払ったことになりますね〜〜〜!

ですから逆に、

 今回の戦争に負けた日本は当時の常識で、
中国へ
120兆円の賠償金を支払うべきなのかもしれません!

 (重ね重ね書きますが、今回の中国への3兆円のODA(それも有償)など、ほんのはした金!)

 

そして、

北海道はソ連に、沖縄は米国に、九州は中国に、四国は……?


と日本国土も割譲されてしまっているのでしょう?!

 

 安倍氏は、このような当時の常識をお望みですか?

ご冗談でしょう!

 

 此処で、一寸付け加えますが、扶桑社の教科書に日清戦争に関して、次の記述があります。

 

 日本の勝因としては、新兵器の装備に加えて、軍隊の訓練、規律にまさっていたことがあげられるが、その背景には、日本人全体の意識が、国民として一つにまとまっていたことがある

 

 この記述から、軍事教育の礼賛、復活の匂いさえ感じます。

 

安倍氏:

東京裁判でA級戦犯裁いた平和に対する罪、人道に対する罪がありますが、人道に対する罪では誰も有罪になっていません。

ナチスの場合はホロコーストがあまりに悲惨なジェノサイドなので「事後法」の件は問題にならなかった

 

この安倍発言は、あくまでも加害者側の発言です。

被害者(中国、韓国)側の思いは、安倍発言の“ナチスの場合はホロコーストがあまりに悲惨なジェノサイドなので事後法の件は問題にならなかった。”と全く同じはずです。

 中国、韓国側から見れば、日本が彼らに与えた災難は「ナチスのホロコースト」と一線を引く事が出来ない筈で、「ナチスのホロコーストと同一」なのです。

 

 更には、

安倍氏は「731部隊」、「重慶の空爆」お忘れのようです。(故意に?)

これらは「悲惨なジェノサイド」であって、その立案、実行者達は「人道に対する罪」を宣告されてしかるべきです。

しかし、「731部隊」に関しては、連合国側(特に米国)の思惑が絡んでいたのでしょう。

朝日新聞(20050804日)の記事は、次のようです。

 

 細菌兵器開発のため人体実験を繰り返したとされる旧関東軍防疫給水部(731部隊)の部隊長・石井四郎軍医中将の署名が表紙に記された未公開ノート2冊が、側近だった夫妻の自宅から見つかった。石井氏は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に資料を提供し、戦犯の訴追を免れたが、これまで本人の手記は見つかっていない。直筆ノートならば、GHQにも明かさなかった終戦後の足跡や内面を記した貴重な一次史料ということになる。

 

更に、「重慶大爆撃」を持ち出したら、東京大空襲、広島長崎の原爆投下の連合国側(米国)の罪を問わなくてはなりません。

これは、又、米国も痛し痒しです。

 

でも、重慶(中国)への無差別空襲を日本は行っていたのです。

これまた、「悲惨なジェノサイド」であって、その立案、実行者達は「人道に対する罪」を宣告されてしかるべきでした。

重慶大爆撃」に関して、ホームページから引用させて頂きます。

http://www.anti731saikinsen.net/kanren/jukei/koujun.html

 

1938年2月18日から1943年8月23日にかけて、日本侵略軍は9000機余りの爆撃機を出撃させ、重慶に対して5年間にわたり爆撃を続けた。歴史上これは「重慶大爆撃」と呼ばれている。
当時の中国国民政府の記録によると、日本軍の爆撃により、11,889人の重慶市民が殺され、14,100人の重慶市民が負傷し、壊された家屋は3万軒余りである。他の財産の損失は数えきれない。

……

その特徴は以下の通りである。第一に、日本軍は賑やかな市区を爆撃するだけではなく、近郊ひいては遠い郊外も爆撃の目標にした。第二に、無差別爆撃を実施した人民の住宅、学校、工場、医院、外国の駐在機関及び大使館も爆撃された。第三に、昼の爆撃に加えてさらに、夜間においても不定時に爆撃する戦術をとって、かき乱す時間と爆撃する時間を伸ばし、重慶を常に不安定な状態においた。……

 

そして、「南京大虐殺」は?

この件は、さておきまして、「平頂山事件」は如何なのでしょうか?

此処で、東京新聞(814日)の、元女優 山口淑子さんの談話の一部を掲げさせて頂きます。

http://www.tokyo-np.co.jp/yasukuni/

 

小泉純一郎首相の靖国参拝問題を一つのきっかけに、中国人の抗日の感情が噴き出したのを、私は理解できるんですよ

 十八歳で中国人女優「李香蘭」としてデビューした直後、生まれて初めて祖国日本の土を踏みました。連絡船を下りようと旅券を見せた時の入国係官の言葉が心に突き刺さりました。

 「一等国民の日本人が三等国の中国の服なんか着て恥ずかしくないのか」。祖国の人々が、私が生まれ育った母国の中国を見下すことが悲しかったし、そういう日本が嫌いでした。

 靖国神社はホームページで、一八九四(明治二十七)年の日清戦争から日中戦争、太平洋戦争までの戦争を「皮膚の色とは関係ない自由で平等な社会を実現するため、避けられなかった戦い」などと説明しています。

 でも私は、「アジアを解放するための戦争だった」という後から付けた理屈で、自国の加害行為に目をつぶり、独り善がりの美しい歴史につくりかえてはいけないと思う。

 本当に中国を対等だと認めていたなら、「満州国」という傀儡(かいらい)国家はつくらないでしょうし、中国人を差別しなかったはずです。

 小泉さんには、日本の戦争指導者を祭る靖国神社の参拝が、どれだけ中国人の心を傷つけるか理解してほしい。

 旧満州の撫順(ぶじゅん)に住んでいた十二歳の時、憲兵らが中国人労働者の頭を銃の台尻で殴る拷問を目撃しました。後から調べると、抗日ゲリラへの報復で、四百人とも三千人ともされる中国人が集団虐殺された「平頂山事件(一九三二年)の一場面でした。

 最近よく、「大東亜戦争を侵略戦争というのは誤った歴史観だ」という声を聞きますが、私が見聞きした限りでは、少なくとも中国に対しては、侵略という意味合いが強かったのは間違いない。 ……

 

 何故、安倍氏ら政治家達は、このような素晴らしい生き証人たちの声に耳を傾けないのでしょうか?
 安倍氏を筆頭に(筆頭は小泉首相でしょうかしら?)最近の日本人は、今回の戦争に対して、自分の都合の良いところだけを拾い集めて、今回の戦争を日本を正当化しているように思えてなりません。
何故もっと被害に遭われた方々の立場に立って考えることができないのでしょうか?


石原都知事は、

最近まで中国の方が嫌がるのに、中国を「シナ」と言い放っていました。

そして、反日デモが起こるや、

“中国は民度が低い”

と非難していました。

私の父親達は、中国の方々を“チャンコロ”とも蔑称していました。

 

 そして、昨日NHKテレビで、歌手の谷村新司氏は、次のように語っていました。

 

 アジアへ向かう飛行機の中で、日本人の団体の方々からアジア蔑視の発言が良く耳に飛び込んでくると、そして、日本人は、アジア人を見る際は目線が下がり(見下し)、欧米人に対しては目線が上がる(敬慕の念を抱く)。

 

 このように、同じアジア人を蔑視する日本人が、いくら欧米人に敬慕の念を抱こうと所詮は、欧米人から有色人種と蔑視されるのが関の山です。

(自分が他人を蔑視していて、別の他人が自分を蔑視すると文句を言うのは理が通りません!蔑視されても当然です!)

 アジアの方々の立場に立つことが出来ない、こんな日本(人)に未来はあるのでしょうか?

「口はご立派、心は疑問の安倍晋三氏(2)」に続く

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