目次へ戻る

F・ディスカウの声は、見事ですけど、美声?

1994926

宇佐美保

 一般通念では『フィッシャー・ディスカウは(最高の)美声である。

 デル・モナコの声は最高に凄いが、しかし、デル・モナコ以上に美声の歌手は 沢山居る!』と言う事のようです。

 でも私は思っているのです『デル・モナコ先生の声は最高に美声であって、フィツシャー=デイスカウの声は悪声(?)である!』と。

バーンスタインの指揮で、F・ディスカウ(バリトン)とジェ−ムス・キング(テ

ノール)が歌っている『大地の歌』を聞いていると、二人の声が差別出来なくなります。

と申しますのは、二人の声が揃って、高音域でのイタリア人が愛して止まない「アクート」が不十分なのでは?と思うのです。

ですからこそ、F・ディスカウ程の歌手が、イタリアのオペラで十分の活躍出来なかったのではないでしょうか?(そして、ジェームス・キングも。)

 

古来日本では(いわゆる西洋音楽に関しては)、『ビロードのような!』と言う音、声が好まれてきました。

昔、『エルマン・トーン』と言われたM・工ルマンのヴァイオリンの音も『ビロードのような音色』と言われもてはやされていました。

(でも最近では『ビロード』は、日常生活から殆ど姿を消してしまいましたので、一昔前なら『ビロードの声』と称えられるべきF・ディスカウの声を、評論家の遠山氏は『最上の品質の絹の感触のような、なめらかさと丸さと潤いをもっていて、本当に美しかった。』と、称えておられますように、『ビロード』に代わって『絹』のようなと言うのが、日本人の愛する音、声の表現なってきているようです。)

そして、この音、声には、『音叉のように不純な音が無い』のです。

(勿論、基音の上に、その倍音がきれいに重なっているでしょう。)

今から、何十年も前、高校の物理の時間に、物理の先生が優しく、マイクの前で、“ア〜ア〜”と声を発しますと、先生の声はきれいな正弦波(サイン・カーブ)となってオシロ・スコープ上に映し出されました。

勿論、餓鬼の私が声を出しましたら、オシロ・スープには、とても汚いギザギザの波が出現しました。

どうやら、物理の先生は、日夜オシロ・スコープとにらめっこしながら、正弦波が映し出されて来るように声を磨いておられたようでした。

 

 私が思いますには、この『ビロードの音、声』は、『ビロード』自体が、ポルトガルから伝来してきた如く、日本古来の物ではないのでは?と。

雅楽器等(これ等も伝来品ではありますが。)日本の楽器でもって、『ビロードの音』を出す楽器が有りますでしょうか?

F・ディスカウの声は、確かに、ピアノの声(弱声)ではとても見事に効果を発揮します、でも、フォルテく強声)になると(特に高音域)『叫び声的』になります。

ですから、イタリア人は高音域における「アクート」の技法を必要とし愛しているのではないでしょうか?

「アクート」する事によって、「叫ぶ」危険性から訣別出来るのですから、そして、その結果、とても大事な事は、歌手の喉を守ってくれるのです。

と申しますのは、「アクート」する事によって歌手の喉に負担が掛からないのです。

そして、それは歌手の「喉が自由に鳴る」と言う事なのです。

ですから、聞き手は、その声をとても心地良く聞けるのです。

 

「アクート」しようが、しまいが勝手かもしれません。

でも、良い声の歴史の中で、イタリア人が獲得した、美声の楽しみの極致は、『無理なく鳴っている声を、心地良く聞く!』それには、『アクートされた声が最高』と言う事ではないでしょうか?

 

最近の若い方々は、どうなのか知りませんが、昔、私が子供だった時、歌舞伎など一度も行った体験がなくても、歌舞伎の口跡は、誰でも真似が出来たと思います。

(勿論、歌舞伎に興味を持たれたどんな外国人よりも巧みに!)

そして、その口跡の良否も肌で感じる事が出来たと思います。

ですから、イタリア人も「アクート」に対しては、理屈抜きで肌で感じ取る事が出来るのではないでしょうか?

でも、イタリア人といえど、最近の若い方々はいかがでしょうか?

 

 デル・モナコ先生の御屋敷に居候させて戴いていました時、御手伝いに来られてた方の小学校5年(当時)の娘さんと、とても仲良しになりました。

(私のイタリア語の先生?でもありました。)

帰国後、私のオペラ・アリアを録音したテープを披女に送りますと、いつも、とても喜んでくれて(特に、『人知れず涙』)、“宇佐美の声は、マエストロ(デル・モナコ先生)の声そっくりだ、いつの日か、有名になるよ!”と返事をくれたものでした。

 そして、私はこの彼女の見解は、“イタリア人としての感性が彼女の中に輝いている”事に起因するのだと思い、又、彼女の予言が実現する日を心待ちしているのです。

目次へ戻る