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ダッカ人質事件と米国人

2004429

宇佐美 保

 

拙文《バカの壁と世論》の冒頭で、次のように書きました。

 

元朝日新聞編集委員(現AERAスタッフライター)の田岡俊治氏は、常々、朝日ニュースターの番組「パックインジャーナル」に於いて、

 

 ダッカの際の人質は、米国人が居たからであって、「人命は地球より重い」と云われたその人命は、「米国人の人命」であって、日本政府にとっては「米国人の人命は地球より重い」と云うことだったのだ。

 

 と語っています。

 

 この田岡説は真実なのかと思って、インターネットで「ダッカ事件」を探ってみましたが適切な回答を得ることが出来ませんでした。

そこで、読売新聞の縮刷版を繰ってみました。

 

 先ず、1977928日夕刊に

 

日航機が連続受難 東京行き(パリ発472便)ハイジャック

赤軍名乗る日本人

 

(筆者注:別の日航機が前日、マレーシア・クアラルンプール空港到着寸前に、墜落炎上していたのです。)

 

 そして、翌29日の夕刊には、

日本国内に拘置されている日本赤軍のメンバーら九人の釈放と六百万米ドル(約16億円)を要求してきたハイジャック犯人に対する政府回答は「イエス」だった……

 

156人の乗客、乗員の命を考えると、法秩序とか国家の治安ばかり言ってはいられない」――園田官房長官は、29日午前840分、犯人が要求してきた9人の釈放を受け入れた首相官邸記者会見室。理由をこう記者会見で表現した。28日夜に引き続き、未明に開かれた関係閣僚懇談会で了承された600万ドルの身代金支払いに応じるという決定に次ぐ苦悩の決断だった。「難しいよ、交渉なんだから」と言い残したきり執務室へ入ったきりの福田首相。

 園田官房長官は、脂汗を額に浮かべ、一睡もせず疲れ切った表情。「9人の釈放の返事がなければ、第一に米国人、そして、逐次、乗客、乗員を処刑するという最後通告を受けた」と前置きし、9人の釈放について「法治国家として爆弾犯や殺人を犯し、しかも刑事警察が生命をかけて逮捕した犯人を釈放することは、耐えがたいもの」と心情を説明、「156人の生命にはかえられない」と述べて、釈放に応じることになったいきさつを明らかにした。

 

 そして、米国人の次の写真が掲載されていました。

 

 即ち、日本政府は犯人の要求をのまなければ、先ず「第一に米国人……を処刑するという最後通告を受けた」そして、その米国人の一人は「銀行会長でカーター大統領の友人」と云うのですから、成る程、文頭に掲げた田岡説の(日本政府にとって)「米国人の生命は地球より重い」が納得出来るのでした。
(この経緯に関して、朝日新聞の縮刷版からの抜粋をも、文末の(追記)に掲げます。)

 

 更に、102日の記事は、

 

 バングラデシュ・ダッカ空港で、犯人側が通告した59人の乗客、乗員と釈放犯、身代金の交換が始まった。……

 

 しかし、福田首相は、“あくまで全員解放を”と、バングラ大統領に電話で依頼していたのに、急遽、二段構えの救出作戦へ変更になった背景が、次の記事で判ります。

 

 ……乗客ガブリエル氏が、直接管制塔のマームド参謀長に対し、「何とか助けてもらいたい。わたしは数分したら殺される。日本側は条件をのんでくれ」と懇願、これを受けて同参謀は……福田首相、園田官房長官らは、こうした状況を現地から聞きながら、最終態度を決めた。

 

 と有り、「ガブリエル氏も解放」との記事も載っています。

 

 そして、104日の記事は、

人質アルジェで全員救出 犯人ら11人投降

 

 更に、

 

犯人引き渡し求めず 身代金も 政府「外交配慮から」

 

 そして、最後に解放されたのは、10人の日本人と、1人のインドネシア人、そして、T・ファレンさんというアメリカ人の方々でした。

 

 最後まで、米国人は1人ですが、人質として確保されていたのです。

 

 以上の経緯が105日の朝刊に、一覧表として記載されています。

 


日航機乗っ取り事件の経過(いずれも日本時間)
事件の経過 政府の対応
928 午前1045
午後231
 日航472便 ボンベイを離陸直後、日本赤軍5人に乗っ取られる
乗っ取り機、バングラデシュ・ダッカ空港に強行着陸。
午前1130
午後10
運輸省に「日航機ハイジャック事件対策本部」設置。
内閣に「ダッカ日航機ハイジャック事件対策本部」設置。
929 午前1145 人質の乗客5人(いずれも外国人)を解放。 午前4
同 6
同 8
午後1050
全閣僚懇談会で対応を協議。
鳩山外相、国連本部内でバングラデシュの外相に協力要請。
全閣僚懇談会、犯人の要求受け入れを決断。

福田法相、塩崎法務政務次官、首相に口頭で辞意。
930 午後24 人質の乗客4人(日本人1人、外国人3人)を解放。 午前0
103
バンクグラデシュ政府に、ダッカを離陸させないよう申し入れ。
閣議で、ハイジャック再発防止機関の設置決定。
101 午前64

同 455
1140
釈放犯6人と石井ー団長ら政府派遣団を乗せた日航護送機が
羽田を出発。
人質の乗客
1人(外国人)を解放。
人質の乗客1人(外国人)を解放。
午後837
同 11
政府の対策本部会議。
福田首相、バングラデシュのラーマン大統領に直接電話して、
人質の全員解放を要請。
102 午前1時〜同7

午前850

午後255
815
釈放犯6人と身代金600万ドルと交換に人質の乗客60
(日本人
43人、外国人17人)を解放。
バングラデシュ放送がクーデター発生を伝える。

ラーマン大統領がラジオを通じてクーデター制圧を声明。
人質の乗客42人(日本人19人、外国人23人)と乗員5人を解放。
代わりに乗員
3人が乗り込む。
午後130
同 230
同 820

同 950
福田首相、派遣団に、人質全員解放の方針貫徹を指示。
政府の対策本部クーデター未遂による情勢変化を検討。
対策本部会議、緊急招集。
福田首相、ラーマン大統領に2度目の協力要請。
103 午前013

同 647

同 743
同 944
同 957
午後028
同 1時前
同 215
同 358

同 546
同 612
同 815
同 1120
乗っ取り機が、人質の乗客、乗員36人と犯人、
釈放犯
11人の計47人を乗せて離陸。
日航救援機(護送機に次いで二機目)がバンコク経由
ダッカ向けて羽田を出発。

乗っ取り機クウェートに着陸。
人質7人を新たに解放。
クウェートを離陸。

乗っ取り機はダマスカス空港に強行着陸。
さらに人質10人(うち日本人8人)の解放を通告。
10人の乗客を解放。

ダッカ駐機中の護送機を第一救援機として、
石井運輸政務次官自らが乗り、テヘランに向けて出発。
日航の第二救援機がダッカ着。
乗っ取り機がダマスカス空港を離陸。

日航の第二救援機がダッカ解放の乗客を乗せて、同空港を離陸。
乗っ取り機、アルジェのダル・エル・ベイダ空港に着陸。
午前9
同 945
午後025

同 750

鳩山外相、国連総会から帰国。
福田首相、鳩山外相、園田官房長官らと対応策協議。
三原防衛庁長官、ハイジャック事件に関連し、
武器、弾薬の厳重管理などを指示。

政府、ハイジャック機を受け入れるよう
アルジェリア政府に正式要請。
104 午前11
同 150
同 640
同 830
犯人全員乗っ取り機から離れる。
最後の乗客、乗員19人を解放。
ダッカ解放の92人、第二救援機で羽田着。
石井運輸政務次官らが乗った第一救援機がアルジェ離陸。
午前135
同 105


 1147
園田官房長官記者会見
閣議で、乗っ取り犯の引き渡し要求は機に議論百出。
「ハイジャック等非人道的暴力防止対策本部」設置を決定。
政府のハイジャック対策本部会議。

 

 そして、社説は、

……

 ハイジャックは、絶対に許せない。もう二度とご免だ。世界の人々は,いま心底から怒りにふるえているだろう。犯人たちは、六百万ドルと、逃亡犯六人を手に入れた。無法な要求に応じたわが国は、法の威信を失墜させてように見える。しかし、わが国は、自由で開かれた民主主義社会であるからこそ、法を超えて、人命尊重を貫けたのである。その事実の前には、犯人らの正義は独りよがりで空しく映る。

 まして、福田法相が辞意を表明し、検察当局が事件の処理の方法に異議を唱えるようなことは、筋違いというほかはない。むしろ政府は、苦い経験を踏まえて、今後、犯人らの孤立化と、ハイジャックの再発防止に、一体となって、国内外での努力を傾けるべきではないか。

 とくに、外交折衝に全力を注ぐことを望む。まず、乗っ取り犯、逃亡犯十一人の拘束と処刑を、アルジェリア当局に要望すべきである。身柄の引き渡しを求める意思表示もしなければならない.アルジェリアの主権を侵してならないのはもちろんだが、誠意を尽くせば、両国間の条約や取り決めがなく、国情が違うことを考慮しても、決して無謀な申し入れとはいえないはずである。

 二年前のクアラルンプール事件の後、リビアが犯人の処理をあいまいにしたことが、今度の事件の引き金になっているのは否定できない.乗っ取り機の受け入れを頼んだわが国は、各国に重ねて外交上、大きな負い目を残した。しかし、だからといって、犯人らが、さらに悪質な犯行に走る芽を、各国がみすみす見逃してよいことにはならない。犯人グループが限定され、ハイジャックを憎む国際世論が高まっている現在は、犯人を締め出す絶好の機会といってよい。

……わが国の外父は、これまでつねに受け身だったといってよい。しかし、ハイジャック防止の国際的な体制作りは、わが国の主導権のもとで進めるのが当然である。犯人らを世界に送り出し、そして大きな被害を受けた当事者なのである。……

 

 何か可笑しいですよね。

 

わが国は、自由で開かれた民主主義社会であるからこそ、法を超えて、人命尊重を貫けたのである。その事実の前には、犯人らの正義は独りよがりで空しく映る。」

 

 と書いていますが、犯人らの正義よりも、この読売社説の主張の方が、「空しく映る」と思います。
読売新聞は、「田岡説」(日本政府にとっては「米国人の生命は、地球より重い」)を完全に無視されているのでしょうか?
それとも気が付かないのでしょうか?

 

 そして、「福田法相が辞意を表明し、検察当局が事件の処理の方法に異議を唱えるようなことは、筋違い」と社説は力説しますが、「福田法相(は兎も角)検察当局」は、「(日本政府にとって)米国の銀行会長ガブリエル氏をはじめとする米国人の生命が地球より重い」と云う格言(?)をご存じなかったのでは?
 
 更に、米国の方々は、日本政府の温情ある(?)格言(?)をが存知なのかどうか判りませんが、10月4日の紙面には、次の記事がなっております。

 米の世論も真っ二つ 日本の措置

 日本政府は、ゲリラに甘すぎるかどうか。ワシントンのラジオ局「WRC」放送は、2日、日本政府が犯人の要求通り、身代金を支払い、服役中の“同士”を釈放したことについて、一般市民から賛否の意見を電話でつのり、サンプル調査した。
 日本政府のとった措置が正しいとする支持派が55%、これに反対したものは、45%に達した。


 でもどうでしょうか?
米国人が人質になっていなかったら、「支持派が55%」となりますか? 更に、心配なのは、拙文《バカの壁と世論》でも書きましたように、万一イラクか何処かで、米国市民が人質になって、その交換条件として、「自衛隊のイラクからの撤退」を突き付けられたら、米国市民は、日本の自衛隊が「人道支援」等と訳の判らない活動をしているだけで、軍隊として米国軍に協力している訳でもないのだから、米国市民の人質解放の為、自衛隊は即刻イラクから撤退せよとのデモ行進が米国各所で起こるかもしれません。
 そうなったら、小泉首相よ!どうするのですか?
そんな事態になる前に早く撤退すべきと存じますが?

 

(追記)

1977929日朝日新聞夕刊から

 

犯人たちは29日未明、指定時刻を1時間延長すると空港の管制塔に通告、要求が完全に満たされなければ、乗客にいるユダヤ系米人ジョン・ガブリエル氏(米カリフォルニア・ガーフィールド銀行頭取で、カーター大統領の親友という)を「15分以内に殺すとも述べた。

……

 政府のダッカ日航機ハイジャック事件対策本部(本部長、園田官房長官)は、28日夜から未明にかけ、首相官邸で福田首相をまじえ、事態の収拾策について協議を続けた。一方、ダッカ空港の乗っ取り犯は29日未明、自分たちの要求が同日午前3時(日本時間6時)までに受け入れられなければ、人質にしている乗客のうち数人を処刑する、と脅迫してきた

 こうした中で政府は、犯人が要求していた身代金600万ドル(約162千万円)については29日午前4時すぎ、また釈放を要求してきた赤軍派などの9人の問題などについては、乗客、乗員の人命優先の見地から超法規的措置」として午前8時、何れも犯人の要求に応ずることに踏み切った

 



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