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世襲議員の温床

20031031

宇佐美

 

 日頃から、世襲議員の氾濫には辟易していましたが、今朝の朝日新聞の社説に次のように書かれていました。

 

世襲――政治は伝統芸能じゃない

……先進国では例を見ないほど、世襲候補者があふれかえっていることだ。

 候補者のなかで、親族の地盤をすでに継いでいるか、新たに継ごうとする候補者は150人。うち113人を占める自民党の場合、全候補者の3人に1人が「跡取り」という勘定になる。

 解散前、比例区も含めて自民党衆院議員のほぼ4割が世襲だった。河野、橋本、小渕氏と最近の総裁は軒並み2世。この選挙戦を指揮する小泉首相と安倍幹事長は3世コンビ。まるで世襲党だ。

 岐阜、香川、島根の3県は、自民の選挙区候補者の全員が世襲だ。……

 しかし、政治は伝統芸能ではない。親の七光りでどうにかなる仕事でもない。……

 

 テレビタレントなどの世襲化にも辟易しますが、この世襲議員化は余りにも異常です。

相撲の世界では、時折、親子力士が誕生したりします。

でも、プロ野球では皆無とも言えましょう。

大リーグでは、親子、希には親子孫と続く大リーガーが誕生したりもします。

 

 この朝日の社説では、伝統芸能の世襲には異論がないようですが、海の向こうの伝統芸能であるオペラの世界に於いて、世襲の大歌手など私は聞いた事がありません

 

 そして、私は、伝統芸能に於いても世襲には、弊害が生じると存じます。

日本の伝統芸能(例えば能・歌舞伎)に於いて、声(口跡)は重要な要素と思います。

オペラの世界で、声を世襲できないのに、能・歌舞伎では、その声を世襲出来るのでしょうか?

 

 私は(私のヤッカミも含まれているかもしれませんが)、たとえ能・歌舞伎であっても、声の世襲は不可能と存じます。

何よりもその端的な例は、能・歌舞伎役者の発する言葉を聞き取る事が大変難しいのです

一般常識では、「能・歌舞伎役者の発する言葉は聞き取れなくても良いのだ」となっていますが、そうでしょうか?

私の友人は、“能・歌舞伎はあらかじめ予習して出掛けるのが常識だ!”との一喝で私の疑問を唾棄しました。

(可笑しいですよね、昔は、字の読めない方が多かったし……初演ものは、どうやって予習していったのでしょうか?)

 

1999年に、百歳で亡くなられるまで現役を続けられた浄瑠璃清元節の人間国宝の清元志寿太夫さんのお声は絶品でした。

大変響きのある美声で、言葉の意味もはっきり聞き取れました。

 

従いまして、日本の伝統芸能に於いても、素晴らしい声で発せられた言葉は、当然ながら意味明瞭となるのです。

しかし残念な事に世襲化されてしまった他の能・歌舞伎役者からは、清元志寿太夫さんの様な声を聞く事が出来ません。

これは悲劇です。

 

 この歌舞伎などに関しては、『文芸春秋』(別冊1998 Winter No.222)に、岡田嘉夫氏が、“古典芸能ファンの『宝島』”との素晴らしい論評を書かれておられます。

ここにその一部を抜粋させて頂きます。

 

……昔々、京都南座の薄暗い客席。当時七十歳だった祖母と、小学六年の私。舞台は文楽人形浄瑠璃「菅原伝授手習鑑寺子屋の段」。

……

そう、それが古典なんだ。何度見ても楽しくて飽きないから。お前が『宝島』を繰り返し読んだように。字が書けない、新聞も読めないおばあちゃんだって、こんなにのめり込んで見られるのが、古典なんだ

……

今の文楽を聞いて首を傾げることがよくある。小六の時以来聞いた山城少掾の語る日本語はよくわかった。だから感動できた。ところが年を重ねるにつれ、太夫たちの語りにわかりにくい箇所が増えた

耳が遠くなったわけではない。

 

義太夫は「音」を最も大切にしているはずだ。それは、日本語の言葉一つ一つの響きでもって、あらゆる感情・感触・状況・性別・年齢等を表現しなければならない至難な約束ごとである。それを歌って、メロディ感覚の安易な表現手法へ傾けていくから、言葉が妙にうねうね一人踊りをしてしまい、聞き取りにくい日本語になっていく。名人・山城少掾のように言葉が持つ生命力の表現追求ができていれば、このようなことはないだろう。逆にいうと、今の人材では山城少掾のはっきりした日本語の言葉語りを承襲すると、半端な朗読のようになって義大夫として成立しないための逃げなのかもしれない。

……

江戸時代と今の日本語はそうがらりと変わっていない。西鶴の原文は現代語訳なしでも理解できる

 

江戸時代に今の義太夫のように日本語でないような訳のわからない歌いまわし、発音で、長唄・常磐津・清元・歌舞伎台詞をやっていたら、客は相手にしなかったろう。当時の歌舞伎ファンには、祖母と同じ文字が読めない客が多かったから、解説書がないとわからない歌舞伎なんて、「馬鹿にすんなッ!」と言われる。江戸歌舞伎はそんな小生意気なことをして発達してきたのではない。四条河原の続きでドンと庶民の懐に入りこんで、お客が入ってナンボという育ち方をしてきたのだ。

 

当時の、上も下も、文字を読めない人も含めた全ての客が、しっかり耳で聞いて理解し、心から愛し育ててきたこの吉典芸能が、今になって客を虚仮にしだすなんてどうなっているのだろう。……

 

 それでは、歌舞伎などの伝統芸能は絶滅の運命にあるのかと思いますと、岡田氏は次のように続けられます。

 

……私はのけぞった。それが嵐徳三郎。歌舞伎中途入学の大卒さんで、誰一人後ろ楯がない。だから本舞台はいつもチョイ役だが、チョイなのに「伊勢音頭」の万野などをやると、すぐに貢の大名題役者を食ってしまう。このうまさが嫌われるのか、未だ歌舞伎座に上ったのは数えるほど。

 

徳三郎を含め、何十年も歌舞伎に取り組んで力をつけ、いつでも演れるのにいつまでも演らせてもらえない人がたくさんいる。そして何もできない御曹司がパッと出てきてこれらの人の出口を塞ぐ

 

この因習の打破を考えて、国民の税でもっと国民が楽しめる古典芸能の発展を、と今の国立劇場ができたはずなのに、どうして実行しないのだろう。

色々なしがらみがあって歌舞伎座では不可能な企画を国立劇場にこそやってほしい。そろそろ歌舞伎座の支店のような公演はやめてほしい。

 

例えば、徳三郎の桜姫・孝夫の権助で「東文章」、歌江の瀧夜叉・富十郎の光圀で「将門」、信二郎の伊左衛門・笑也のタ霧で「吉田屋」。これに国立が育てた若手全員をからませた一ケ月の本公演。

こんな公演をやれば、若い役者は死に物狂いで技を磨き、やがてその中から国立劇場おかかえの大名題役者が出てくるのだ

 

ああ、なんと胸躍る楽しい歌舞伎であろうか。

歌舞伎ファンである私の『宝島』になるだろう。

 

 ここに書かれた歌舞伎社会の現状は、当然、他の社会にも当て嵌まりましょう。

勿論、政治の世界にも。

 

 但し、政治家(特に、自民党議員)に於いて世襲が当然視されているのは、どうやら政治家だけの責任ではないようです。

 

 即ち、日本の政治土壌には、政治家の後援会組織が根をはっている事実です。

この件に関しては、『週刊文春』(2003.9.11)に記載された谷垣禎一氏(国家公安委員会委員長、産業再生機構担当大臣)と阿川佐和子氏との対談で、ああ、そうだったんだ!”と納得させられます。

 

 谷垣氏とは、どんな方?
この疑問は、阿川氏の“大変失礼ながら、一般的に谷垣さんってどんな方だったかしらと思うと、「加藤の乱」のとき加藤紘一さんの後ろで泣いてらしたというイメージが強烈に残っているのが現状でして……。”との発言で氷解します。

 

 では、次に世襲議員の温床となる後援会がらみの対談部分をさせて頂きます。

 谷垣 私はまったくの二世議員なんです。私が三十人歳のときに、父(谷垣専一・元文相)が死にまして。その    頃、私は駆け出しの弁護士で、跡を継いで政治家になる気はまったくなかったんです。

 阿川 でも、ご長男ですよね。

 谷垣 はい。しかし、父も「こういう稼業は世襲じゃないから、お前は継いじゃいかん」と言って死にましたか    ら。

 阿川 あ、そうだったんですか。

 谷垣 父が死んだのは六月二十七日で、六月の二十七、二十八、二十九日というのは株主総会がたんとありまし    て、弁護士としては非常に忙しいときなんです。ところが、補欠選挙に誰か立てなきゃいけないっていう    んで、選挙区から父の後援会の方が次々と現れて

 阿川 立候補しろと。

 谷垣 ホテルに缶詰めになって、まるで警察の取り調べみたいで(笑)。やりますと返事したのが七月三日。     すぐ補欠選挙で、八月七日には当選しちゃったんです。

 

 谷垣氏の御立派なお父様は、きちんと「こういう稼業は世襲じゃないから、お前は継いじゃいかん」と言い残されており、ご自身も「弁護士で、跡を継いで政治家になる気はまったくなかったんです」と言われているのに、「選挙区から父の後援会の方が次々と現れて立候補しろ」と問い詰められ、谷垣氏ご本人は「当選しちゃったんです」といった対談を読み、“成る程、こういう事情で世襲議員が次から次へと誕生するのか!”と合点が行きました。

 

 私が後援会の会員、特にその役員、更には、後援会会長で、私の後援する人が国会議員だったら、私迄もが偉いような気がするだろうなあ。

なにしろ、私の力でその国会議員を支えている誇り、優越感を感じるだろうなあ。

自宅の玄関などに、「○○大臣後援会会長」とかの表札を掲げたりして、その選挙区では肩で風を切って歩けるだろうなあ。

 更には、“私があの議員を陰で操って居るんだ
なんていうとんでもない錯覚に陥るかもしれません。

 

 それなのに、その国会議員が亡くなってしまったら、私の優越感が一挙に吹き飛んでしまうだろうなあ。

 

 そしたらやっぱり、私(そして後援会の主立った仲間達)は、御遺族を(御本人の御意志を度外視してまでも)後継者として、なんとして担ぎ出して、私達の今までの栄光をなんとしても維持しようと図るでしょう。

 

 そして、又、私が日頃、(次の選挙の為などで)国会議員の後援会活動に打ち込んでいたら、時には、私の仕事に関して、国会議員から何か利権を引き出したいとも思うでしょう。

その上、後援会に関係ない人から、何かの利権を国会議員の取り次いでくれるように、私は依頼されたりするでしょう。

 

 逆に、私が(親子共々)後援会に支えられて来た国会議員だったら、機会を見計らって、国会議員の特権(?)を悪用(?)して、何とか後援会の方々へ恩返しをしようと思うでしょう。

 

 ですから、国会議員の世襲化は、新しい優秀な人材の国会への登場を阻むだけでなく、後援会という世襲議員の温床が、長年存続するに従って、徐々に腐敗し、腐床(?)に変わって行く確率は高くなり、その悪影響が無視出来ないものとなって行くと私は思うのです。

 

 従って、議員の世襲化が禁止出来ないなら、せめて先代の議員の後援会を継承する事を禁止するか、せめて、後援会会長位は交代する節度を保って貰いたいと希望するのです。

 と、申しましても、私が世襲議員だったり、その後援会の会長だったりしたら、この節度を貫く自信は、余りありません。

なにしろ、誰しも、温かい寝床から出るのは難しく、いつまでも温々と暖まっていたいものですから。

 

 しかし、いつかは、誰しも、その寝床からは起き上がらないといけないのです。


 今やもうその時期が来ているのではないでしょうか?


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