株価音痴の政治家と田原総一朗氏
2003年9月7日
宇佐美 保
ポスト小泉の呼び声の高い高村正彦元外相は、自民党総裁選に向けての公約として、株価対策を重視し2年以内に小泉総裁誕生当時の水準(日経平均で1万4千円前後)まで回復させることを目標に掲げる始末。
そして、野中広務自民党元幹事長は、8月31日放映のテレビ朝日「サンデー・プロジェクト」に於いて、“小泉首相はスローガンだけで、経済は良くなっていると言っても、株価は、1万円中程で、首相就任当時の1万4千円に及ばない。政策転換なしには、株価は1万円から、1万2千円へと順調に上がってゆく見通しはない”旨を語っていましたが、司会の田原氏は何ら反論していませんでした。
そして又、今日(9月7日)の同番組では、田原氏は、自民党総裁候補の3名(高村、亀井、藤井氏)を招き、“総裁になったら株価を幾らにする!?”と問い詰めていました。
(亀井、藤井氏は、“2万円にする!”とほざいていました。)
何故、政治家や、田原氏は、こうも株価の絶対値に拘るのでしょうか?
現在の株式市場を牛耳り株価を決定している誰の目にも明らかなように投機家達なのです。
彼等が注目するのは、株価の絶対値(1万円だ1万4千円だとか)は問題ではなく、瞬間瞬間の株価の上下変動(株価の相対値)なのです。
この件は、拙文《サーフィン市場に国民の資産を注ぎ込むな!》にも書きました。
しかし、この点をよりはっきりと認識するには、毎週土曜日の朝日新聞に掲載される藤巻健史氏(元モルガン銀行東京支店長で伝説のカリスマデイーラ−)のコラムが大変参考になります。
(そこで、今回は私の手元にあった、8月2、9,16,23,30日付けのコラムを引用させて頂きます)
先ずは、30日付けから
……ところで、グローバルスタンダードといえば、日本の金融界で非常に遅れているのは、会計基準だと思う。私が勤めていたモルガン銀行は、保有株であろうと、金利スワップであろうと、すべてを徹底的に時価評価していた。トレーダーは日々の損も利益も隠せない。一方、日本では、そこまで時価会計を徹底しているとは言いがたい。時価会計が徹底されると、本業に関係ない株や土地は持たない。損切りも早い。だから、日本のバブル崩壊時のように資産価格が右下がりの時でも、外銀は大きなダメージから逃れ得るのだ。 時価と簿価【時価会計では、資産や負債の大きさを、毎日時価で洗い直し、前日との価格差を損益として認識する会計。簿価会計は、購入後どんなに実勢価格が上下しても、購入時の価格で評価し、売却時に初めて売却価格と購入価格の差を損益として認識する会計。】 |
この様に「時価会計」によって、(外資系)投機家は、株価を毎日時価で洗い直し、前日との価格差を損益として認識し相対評価しているのです。
そして、ここに書かれた損切りも早いの裏には、16日付けの記述に見られます。
ディーリングでの危機管理【取引をする時は、あらゆる危機を勘案し、統計データにもあたり、一日で損をし得る最大限の額を計算し、数字で表す。この債をVaR(バリューアツトリスク)という。 ディーラーは、常にこの値を念頭に置いて勝負するのである。】 |
ですから、彼等は、同じ株(どんなに優良と思われる株でも)をいつまでも持ち続ける事はしないのです。
従って、“小泉首相就任時の株価”等の過去の株価への拘りはないのです。
しかし将来の株価へ注目するのは当然です。
2日付けの記事では、
……「村上ファンド」で有名な元通産官僚、村上世彰さんにお会いした。……その村上氏と席上、相場予想の勝負をした。 この年末、日経平均が1万3千円にいくかどうかに、ディナーをかけたのである。村上氏は「いかない」、私は「いく」と予想した。「1万3千円に行けば、フジマキファンドで大もうけでしょうから、ディナーをおごるぐらい安いものですよネ」と、村上氏はおっしゃる。 |
と有りますように、株価高を予想して株を買い込んで行き株価ピーク時に売り抜ければ大儲け出来るわけです。
勿論、途中売り買いを頻繁に繰り返しつつも、株高予測の下、株の売買高をあげる事によって、大幅な利益を上げられます。
しかしこの株価の将来予測が大変難しいのです。(同じく2日付けの続き)
彼も私も、確かに金融業界では特異な意見を持つことで知られている。しかし、その異端児同士でさえ、マーケット予想はまず一致しない。マーケットで、参加者全員が同じ意見を持つことはまずないのである。大多数が「下がる」と、思っている時でも、「上がる」。と見る人は必ずいる。そして、中長期的に見ると、へそ曲がりに思えた人の方が正しかったということもよくある。「多数意見に従ったおかげでもうかった」というのは、ごく短期的な現象にすぎない自分で絶えず考え、中長期的に経済がどう動くかを予想することこそが資産運用の基本だと私は信じる。 |
この記述のように、マーケット全員が同じ見解を持つ事はないのですから、新聞記事などによく見かける、“マーケットは、今回の某政府高官の発言に好印象を抱き、株価は急騰した”とか、“今回の政策を嫌って、株は下落傾向に入った”等というのは嘘であって、投機家達は、単に、それらの発言政策などで、株価市場に波を起こし売買利益を上げようと徳倉六だけなのです。(この件は拙文《サーフィン市場に国民の資産を注ぎ込むな!》にも書きました)
しかし、 “自分で絶えず考え、中長期的に経済がどう動くかを予想することこそが資産運用の基本だと私は信じる”との藤巻氏の記述からも株価と景気とは全く無関係の関係でもない事は確かです。
しかし、一方23日の記述は次のようです。
……大胆な発想の転換がないと、大荒れマーケットには対応できないのである。 アナリストの多くは「実体経済が弱いから、株価上昇は続かない」と言う。そして株を買い損なう。しかし株価は、本当に実体経済が決めるのか? バブル時代は、株高や地価上昇が経済を動かした。株高や地価の上昇こそが卵で、実体経済がニワトリだったのである。 政府の円安政策で、円高の危険がなくなったせいか、それとも米国株の上昇のせいか。きっかけはよく分からない。でも、「株が上がり始めたからこそ、実体経済はよくなる」という、卵とニワトリが逆転した発想も、頭の片隅に置いておくべきだ。 シーマ現象【こんな言葉がはやるほど、日産の高級車がバカ売れしたことがあった。 バブルで資産価格が上がって、みんながぜいたくしようとしたのだ。モノが売れれば、メーカーはもうかり、その社員の給料が上がり、失業リスクも減ってますます消費が増える。こんなサイクルが、実体経済を好転させる。】 |
この様に藤巻氏自身も“株価は、本当に実体経済が決めるのか?”と疑問を呈しています。
ですからこそ、UFJ総研主任研究員の山崎元氏による《公的年金は株式投資をするな》
(週刊朝日 2003.8.29)のコラムは立派だと思います。
あまりにご立派なので、全文引用させて頂きます。
厚生労働省は、審議会に代弁させるという常套手段で株式運用の正当性を主張している。 「ハイリスク・ハイリターンという特性を持つ」株式運用で、積立金運用の収益上積みを目指すということだが、私は疑問に思っている。 仮に株式運用で高いリターンが得られるのであれば、国民ー人ひとりが自分の判断と責任で株式の運用をすればいいだけのことだ。 株式市場の「公的年金の買い」は、市場参加者に行動パターンを読まれ、投入で値上がりしたあとに売り抜けられるなど、さんざん利用されて来た。この運用は見かけ上の運用手数料よりも非常に高くついている。かといって、運用計画を公開しないと説明責任が半分に果たせないジレンマがある。 まず積立金の大きさが過大だし、世代間の年金の損得勘定に株式のような不確実なものを持ち込まないほうが制度としてフェアだ。 年金が株式運用をやめると株価が下がる、と脅す人がいるが、日本では株価が下がって困るのは相対的に少数の人で、これから株を買うべき一般国民にはむしろ安く株を買うチャンスになる。 厚生労働雀が本来取り組むべきは、年金の世代間の不公平の問題などで、下手の横好きのような株式運用ではない。 |
なにしろ、9月3日の東京証券市場第1部の日経平均株価は1万715円で、その利回りは1.16%でしかないのです。
こんな利回りでは一寸した株価変動で消し飛んでしまいます。
とても、ハイリスク・ハイリターンとは言えません。
当然一般国民は株式市場へ近付きません。
(この件に関しては、拙文《日本の株価は未だ高い》、《日本の株価は未だ高い(2)》などにも記述しました。)
政治家達は、山崎元氏のご見解を傾聴し、株価アップなどを公約にすべきでないと思います。
(山崎元氏と同じUFJ総研主任研究員の森永卓郎氏(何故かテレビへは「経済アナリスト」との肩書きで登場されます)からは、このような優れたご見解を披露して頂いた事はありません。
そして、又、森永氏同様にインチキ評論を朝日ニュースターの番組パックインジャーナルに於いて吐き続ける紺谷典子氏(司会の愛川欽也氏同様に)は、昨日も、“小泉首相就任時の株価は1万5千円だった”等と暴言詭弁を吐いていました。)
それにしましても、政治家達は株価の本質を知っていて知らない振りをして、(評論家の田原氏などの無知を活用して)自分達に都合の良い企業の便宜を図る為に株価アップをもくろんでいるのでしょうか?
(なにしろ、インチキ経済評論家の紺谷典子氏は“株価が9000円で、企業の含み損がゼロになる”等と発言していましたから)
(補足)
山崎元氏のご見解を補足する意味でも、8月8日付けの朝日新聞の記事を下記に引用させて頂きます。
厚生年金基金連合会は7日、厚生年金基金の資産運用利回りが02年度はマイナス12・46%と過去最悪になったと発表した。運用赤字は3期連続。国内株式市場の低迷が響いた。運用結果で生じた積み立て不足は、母体企業の収益を圧迫する要因となっており、企業年金改革の動きが加速しそうだ。 03年3月末時点での1656基金の資産運用結果をまとめた。 基金平均で資産総額の約26%と、最も投資比率の高い株式運用の運用利回りは、マイナス25・25%に落ち込み、マイナス32・18%になった外国株式運用とともに、全体の足を引っ張った。 |