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尊敬する松井秀喜選手と天才野球少年イチロー選手

2006年5月23日

宇佐美 保

 私はとても不思議です。

何故先に行われた国別対抗野球(WBC)に於いて、日本中がイチロー選手に拍手喝采したのでしょうか?!

例えば、『週刊文春:2006.4.6号』のコラム「夜ふけのなわとび」に林真理子氏は次のように書かれています。

 

 WBCの準決勝韓国戦と決勝を、スキー場のホテルで見た。

 いやあ−、これほど興奮したのは何年ぶりであろうか。野球好きというわけでもなく、いったいイチローがどのくらい凄いのかよくわかっていなかった私でさえ、優勝が決まった瞬間は涙ぐみ、こぶしを振り上げていた

 よくやった、日本!

 なんてカッコいいんだ、イチロー!

 やっぱり王監督は偉大だ!

 いくら賞賛の言葉を叫んでも物足りない。ニュース、ワイドショーの類をその後三日間ぐらい見続けたほどだ。

 どうやらこんな気分になっているのは私だけではないらしい。日本中が熱狂している

 テレビの画面では、感極まって若いコが泣いていたが、私は彼らに言いたい。感動するだけでなく、日本チームから大きなことを学んで欲しいと。

 あの王監督やイチローでさえ、子どものようにはしゃいでいた。何のてらいもなく、喜びを全身で表していた。あれを見て、みんなじ−んときたはずだ。私も思った。

 私の人生の中で、これほどの歓喜を味わったことがあるだろうか。そう、努力と歓喜というのは正比例するのだ。そこそこの努力しかしない人間には、そこそこの歓喜しか訪れない。日本チームのような、超ど級の歓喜を味わうには、持って生まれた才能の上にそれこそ気が遠くなるような努力を積まなければならないだろう。しかし特別視してはいけない。

 どうかニートとかフリーターと呼ばれる若い人に、もう一度日本チームの喜びのシーンを見てもらいたい。羨しいと思ったら、本当に生き方を考えて欲しい。私はもう間に合わないけれどもさ……。

 

 私は、決勝戦のテレビを途中で見るのを止めました。

それは、キューバの投手が小笠原選手へ投げた外角球を球審が“ボール!”と宣告しました

(確か、ボールカウントが、2ストライク3ボールだったと思いますから、この判定がストライクなら小笠原選手は三振だったのだと記憶しています。)

その後、日本が得点を加えていったその時からです。

私には、その小笠原選手への投球は確実に“ストライク”に見えました。

(解説者も最初はそのように言っていたと思います。

大リーグ中継を見ていると、松井秀喜選手は、それよりも外れたボールを、球審から“ストライク!”と宣告されて三振していました。)

 

これでは、キューバが優勝出来る訳はないと感じましたので、見るのを止めました。

(でも、ハードディスクに録画しておきました。しかし、そのハードディスクは故障して画像は消却されてしまいましたので、その後の球審の判定がどうだったかは判りません。)

と申しましても、日本は球審の如何に関わらず勝利していたのかもしれません。

元キューバ代表のエースとして活躍し、2003年に米国へ亡命して、今シーズンは開幕から5連勝しているホセ・コントレラス投手も参加していませんし。)

 

 でも日本が優勝したか否かより、イチロー選手の言行にWBCへの興味を失ってしまったのです。

先ず、大会開始前の次の発言です。

 

「今度のWBCで、戦った相手が
向こう30年は日本に手は出せないな”
という感じで勝ちたいと思う」

 

 このイチロー選手の発言が何故日本では咎められないのでしょうか?

このような発言をされたら、対戦国のチームの方々はどのような思いを抱くでしょうか?

この発言には、単に“同じ勝つなら、大勝して勝ちたい”だけでなく“実力の違いを見せ付けてやる!”の思いを相手チームが受け取るのは当然ではありませんか!?

韓国の選手のみならず、台湾の選手も!

 

 ところが、イチロー選手は次のように発言しているのです。

 

世界的な野球ヒーローである王貞治監督の顔に泥を塗るわけにはいかない

 

 でも、

王監督は、台湾の英雄なのです。

台湾選手の屈辱感は、王監督の悲しみでもあるはずです。

 

 それに、major.jp(2005/09/17には、次の記述があります。

 

日本の参加が正式に決まった来春のワールドベースボールクラシック(WBC)について、シアトル・マリナーズのイチロー外野手が出場の可能性に言及した。

 イチローは「国別という観点から国際的に野球を見るのは面白い機会」と通訳を通じてコメント。ただし「(自分の出場については)まだ何も考えておらず、これからのこと。どんな選手が出るかにもよると思う」とも語り、出場の是非については明言しなかった。

 

従って、イチロー選手は、最初から王監督のために参加すると言う態度ではなかったはずです。

 

 更には、韓国チームに負けた際の発言は、野球選手の発言とはとても信じられません。

 

僕の野球人生の中で、もっとも屈辱的な日です

 

 野球はゲームです。

どんなに強いチームでも負けるときは負けます。

そして、敗けた際は、勝者に惜しみない拍手を送るのがスポーツマンではありませんか!?

 

 ところが、読売新聞(2006年3月19日)には、次のように書かれているのです。

  

WBC準決勝、韓国戦――イチローはゲームセットの瞬間、中堅手・福留のもとへ駆け寄った。抱き合って勝利を喜ぶ二人に左翼手・多村の笑顔も加わった。「最高の気持ちです」。心の発露が言葉になった。

 「向こう30年は日本に手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」。開幕前に今大会にかける意欲を示したはずの発言が、曲解されたまま独り歩きした。「イチロー・スズキ」。その名前がアナウンスされる度に、スタンドに沸き起こるブーイングの嵐。韓国の金寅植監督は言う。「韓国の野球界が侮辱を受けたと感じたからだ」

 もちろん、イチローにそんな意図は全くない。それでも、弁解はしない。この日の記者会見では、「ブーイング? 大好き。もう少し強い方がよかった」とさえ言った。そんな言動は、自らを鼓舞すると同時にチームに降りかかる余計なプレッシャーを一手に引き受けようという思いの表れだろう。

 「野球人生最大の屈辱」と表現した2次リーグ韓国戦の敗北。「3回同じチームに負けると、日本のプロ野球に大きな汚点を残すことになる」。この強い気持ちの結実がこの日の3安打、2盗塁につながった。

 「野球は、けんかではない。でもそんな気持ちで戦った」。決死の覚悟で臨んだ韓国との3戦目。イチローが気迫とプレーで発信したメッセージをチーム全体が受けとめ、日本は韓国に雪辱を果たした。(門脇統悟)

 

 なんだかこの読売新聞の記事は、イチロー選手を小泉首相に置き換えた記事のようにも感じました。

若し「曲解されたまま独り歩きした」と言うのなら、はっきりと相手側にそれが曲解であることを説明するのが、人の情です。

弁解はしない”とイチロー選手を持ち上げる姿勢は、“小泉首相は、自己の主張を曲げない人” と評して、小泉首相に反省を求めない姿勢と同じに感じます。

〈韓国の金寅植監督は言う。「韓国の野球界が侮辱を受けたと感じたからだ」〉を心に感じるなら、「ブーイング? 大好き。もう少し強い方がよかった」とさえ言ったとの記述はないはずです。

(そして、本来喜ぶべきは、イチロー選手が、ゲームに於いてあまりに活躍する為に、対戦相手、又、そのチームを応援する観客から“イチローいい加減にしてくれ!”の願いを込めて発せられるブーイングではありませんか?)

 

 そして、イチロー選手は次のようにも発言しています。

 

このチームのまま、メジャーでやりたい
今日で別れなくてはいけないさみしさが、喜びとともに沸いている」

 

 イチロー選手は、大リーグのマリナーズに所属して高給を得ているのです。

チームメートのマリナーズのナイン達は、こんな発言を聞かされたら、イチロー選手をどう思っているのでしょうか?

私がマリナーズの選手だったら、“なんだ!イチローの奴、俺達とやるより、日本チームの仲間とやりたいと言うのか?!”と思います。

 

 一昨年(?)大リーグのオールスターのホームラン競争に、マリナーズのブレット・ブーン選手が出場して、1本もホームランが打てなかった際、ブーン選手に対してイチロー選手はグランドで大口を開けて馬鹿笑いをしていました。

 

 ところが、昨年のホームラン競争は「国別対抗」となり、野手でオールスターに出場できた日本選手はイチロー選手だけでした。

(大リーグの選手達の、“イチローなら随分ホームランを打つだろう”との談話も目にしました。)

ブーン選手をあれだけ笑ったイチロー選手ですから、
今度は自ら名乗り出てもホームラン競争に参加して、
ホームランを量産して貰いたいと期待しました。

でも、“打撃フォームが崩れる” とかの理由で出場を辞退したようであります。

 

 私はこのように、相手の立場に立って思いを巡らす事が出来ないイチロー選手が所属するマリナーズの試合も、彼の出ているコマーシャルも最近は見ていません。

 

 このような心の問題を理解しない(超越した?)林真理子氏が、日本では売れっ子の小説家なのですから、この国はどうなってしまったのでしょうか?

 

 更に、朝日新聞(5月15日)には次の記事が載っていました。

 

 今春の新入社員が選んだ「理想の上司」は、男性は東京ヤクルトスワローズ監督兼選手の古田敦也さん、女性は俳優の黒木瞳さん――。産業能率大が新入社員研修を頼まれた企業で493人にアンケートした結果だ。

 古田さんは2年連続、黒木さんは5年連続の1位。男性の2位は、ワールド・ベースボール・クラシック効果で、イチロー選手が初めてランク入りし、日本チームを率いた王貞治監督も4位と4年ぶりのベスト10入り。女性の2、3位は、ドラマでの活躍が目立つ女優の天海祐希さん、篠原涼子さん。産能大は「一緒に仕事をしながら引っ張ってくれるタイプが受けるようだ」(企画広報室)とみている。

 

 本当にこんなことでよいのですか?

愛国心教育などをほざいている場合でしょうか?

 

 でも、米国は違うようです。

この上司に関するヤンキースのトーリ監督の思いを『ジョーからの贈り物:トーリ監督&広岡勲共著:IBCパブリッシング発行』から引用させて頂きます。

 

相手の立場に立って考える

 

私は時に「選手寄りの監督(player's manager)」であるという批判を受けることがある。

あまりに選手たちを大事にしすぎて、監督として少々手ぬるいのではないかという人がいる。だがこの種の批判は私にとってまったく問題ではないし、むしろ褒め言菓として受け止めたい。なぜなら私はこれに関してひとつの信念を持っているからだ。監督というのは、選手が抱えている問題を敏感に察知して、それをとことん理解するように努めなければならない。たとえ、同じような状況に立たされた経験がなくとも「そんなとき自分だったらどう感じるだろうか、どう行勤するだろうか」と相手の立場になって考え、想像力を働かせることが大切だ。こうして出来上がった信頼関係は簡単には崩れない。そしてこれはベースボールに限らず、親と子、教師と生徒、上司や部下、といった関係においても共通していえることだろう。

 

 このトーリ監督の見解は、何も「ベースボールに限らず、親と子、教師と生徒、上司や部下、といった関係においても共通していえる」に留まらず、全ての人間関係の基本だと私は固く信じています。

(そして、常時、相手の立場に立って考えることで、自分の心が(それに増して)頭の働きが向上して行くのだと信じています。)

 

更に、スポーツナビ(2006年5月15日 9:49)から引用させて頂きます。

 

 ヤンキースの松井秀喜外野手は12日(現地時間)、レッドソックス戦で骨折した左手首の手術後に談話を表明。それが、“辛口”で知られるニューヨークメディアの心を打ったようだ。

 

 ニューヨーク地元紙『デイリー・ニュース』は14日、守備中のアクシデントにもかかわらず、ケガによる離脱を素直に謝罪した松井の真摯(しんし)な姿勢を高く評価した。

 

 松井は「ケガをしたことで、チームメートに迷惑をかけて申し訳なく思う。連続試合出場を考慮して毎試合起用していただいたトーリ監督には心から感謝しています」という談話を残した。このコメントに対して同紙は、「松井こそがアスリートのあるべき姿」と絶賛した。

 

 同紙によると、選手から本音を聞きだすことは非常に難しく、意味が誤って伝わることもしばしばあるという。しかし、松井が今回残した「シンプルでとても心のこもった内容の談話」は、米メディアの心をとらえた。

 

 

 松井選手のコメントの原文をヤンキースのホームページから引用させて頂きます。

 

Statement by Hideki Matsui
"Due to this injury, I feel very sorry and, at the same time, very disappointed to have let my teammates down. I will do my best to fully recover and return to the field to help my team once again. I would like to thank Joe Torre from the bottom of my heart for having been considerate of my consecutive games played streak these past several years and for placing me in the lineup every day."

 

 更に、ニューヨーク共同(2006/05/16)には、次のように紹介されています。

 

 左手首骨折で戦列を離れた松井秀がけがをした後、英文のコメントを発表した。監督の配慮に感謝すると同時にチームメートに謝罪する内容。チーム関係者があらためて松井秀の人柄に感心していることをニューヨーク各紙が報じた。

・・・・・・

 各紙は、キャッシュマン・ゼネラルマネジャーの「マツイは特別だ。選手としてだけではなく、人間として素晴らしい。すべての選手が彼のようであってほしい」との言葉を紹介している。

 

 この松井選手のトーリ監督への感謝の気持ちに対して、トーリ監督の談話は、北陸中日新聞(5月13日)によると次の通りです。

 

 けがをした十一日を含むレギュラーシーズンの519試合、27試合のプレーオフ、そしてワールドシリーズでの6試合。二〇〇三年からのすべての試合を、トーリ監督は松井と戦ってきた。「連続出場について本人は感謝していたみたいだが、記録に関係なく、あいつ抜きのメンバーが考えられなかった」。松井のいないシーズンが始まった。

 

 そして、日刊スポーツ(5月13日)は次のようです。

 

トーリ監督も「彼は『ジブラルタルの岩』のような存在だ。オレたちは成績より、選手のことを大事に思う。家族みたいにね。こんな出来事があると、本当にかわいそうに思ってしまうよ」と、ナイン全員の思いを代弁していた。

 

超スーパースターの選手を集めたヤンキースの監督のこの談話に深い人間性を感じます。

そして、この監督から全幅の信頼を寄せられ、又、ジーター、ジオンビ、ウィリアムス等のチームメートからも数々の温かい談話を受けた松井選手を今迄以上に尊敬せざるを得ません。

 

 ちなみに、先にも引用させて頂いた『ジョーからの贈り物』には、「チームは家族」との項目で、トーリ監督は、次のように記述されています。

 

野球チームは本当の家族ではない。しかし、似ている点はたくさんある。シーズン中、監督、コーチ、選手は、本当の家族よりも、多くの時間を共有する。調子がよいときも、永遠に続くかのような不調に見舞われることもあれば、トラブルが発生することもある。

長いシーズンを共に戦い抜く仲間として、全員が共通のルールに従い、「勝利」という共通の目標に向かい結束する。その結果、家族と同じような関係が生まれる野球チームがチームとして成功する条件というのは家族がうまくいくときとなんら変わりはない。メンバーがお互いの時間を共有し、それぞれが敬意と信頼感を持って相手と接するとき、そこに強力なチームワークが育まれる。

 

 しかし、イチロー選手の談話は、日刊スポーツ(513)に、次のように載っています。

 

イチローはオリックス時代の99年、右手甲に死球を受け、連続試合出場が途切れた経験からコメント。「記録が伸びるほど自分以外に影響を及ぼすので、僕はそこ(連続試合出場)に目標を置いていなかった。だから、けがしたことは悔しかったですが、(記録が)途切れたことはよかったと思う」と話した。「ただ、けがはどの選手にとっても辛い」と同情した。

 

 確かに、連続試合出場を維持する為には、イチロー選手の談話の通りでしょう。

15年間にわたり、2632試合連続出場の大記録を成し遂げたカル・リプケン選手の場合も、力の衰えた最後の方は、彼の出場をバックアップする為、周りの人達も大変だったと思います。

 でも、リプケン選手も松井選手も、このような周囲の人々の負担を少しでも軽減すべく日頃、一層の自己研鑽に励んでいたのだと存じます。

(彼の記録を2215試合に塗り替えた元広島カープの衣笠祥雄選手や、又、フルイニング試合数の記録を塗り替えた阪神タイガースの金本知憲選手然りと存じます。)

ですから、この件に関しては、イチロー選手は得意のダンマリを決め込んで貰いたかったと思わずにはいられません。

 

 そして、松井選手自らも次のような談話(NY共同通信:516日発)を発するのですから。

 

 日米通算での連続試合出場は日本1250、大リーグ518の1768試合で途切れた。「サポートしてくれた方、それを望んでいたファンの方の気持ちを考えると残念。でも僕自身はいつかはこういう日が来ると思っていた。特別残念だという気持ちはない」と新たなスタートに向けて淡々と話した。

 

 ここで、トーリ監督のジーター評を『ジョーからの贈り物』から引用させて頂きます。

 

 ヒデキ、アレックス・ロドリゲス、ランディ・ジョンソン……。ヤンキースには毎年のように大物選手が人団してくる。しかし、チームの顔ぶれがどんなに変わろうとも、ジーターは常にヤンキースを象徴する存在としてメディアから注目され、皆から尊敬され、彼もそのことを自覚して個性派集団をまとめてくれている。監督にとって、彼ほど頼りになる選手はいない

 なぜ、監督の自分が選手に対しそこまでの信頼を寄せるのか。それは彼がチームのリーダーであるゆえんを考えてみれば一目瞭然だ。ヤンキースでは二〇〇三年、スタインブレナーオーナーが直々に彼をチーム史上十一人目のキャプテンに指名した。栄誉であると同時に大きな責任も伴う仕事だ。一九九五年にドン・マッティングリー(現打撃コーチ)が引退してから空位になっていたというから、ヤンキースというチームをまとめるのがいかに大変であるかが分かるだろう。ジーターにはそれだけの資質、人望、実績、統率力があるし、実際、彼はよくやってくれている。

二〇〇四年のシーズン序盤、彼は極度のスランプに陥った。四月から五月にかけて32打数無安打という時期もあった。打率も一時、165厘まで落ち込み、マスコミはいつまで彼を起用し続けるのか、と言わんばかりに連日のように私にジーターについての質問をぶつけてきた。

 確かにあのときの彼の状態はよくなかった。しかし、私は断固として言い続けた。彼の降格はあり得ない、と。別に意固地になっていたわけではない。たとえジーターがまったく打てなくなってしまったとしても、私の考えが変わることはない。なぜか。それは彼がチームリーダーだから。チームにとって、絶対に欠かすことのできない人物だからだ。実際、彼は自身がノーヒットに終わった試合でも、チームメイトの好プレーには必ず労いの言葉をかける。ニューヨークのメディアに囲まれても、暴言を吐いたり悪態をつくことはない。そういう姿勢というのは、チーム全体に浸透していくものだ

・・・・・・

 

 この記述の中の「ジーター」を「イチロー」にはとても置き換える事は、私には出来ません。

そして、松井選手に対しては、次のように記述しています。

 

ヒデキに見たリーダーの資質

 

 二〇〇三年のワールドシリーズでのヒデキの活躍ぶりには目を見張るものがあった。だが、彼の活躍は何もグラウンド内だけに限ったことではない。ヒデキはクラブハウスでも主役を張っていた。実は試合前のミーティングのしめくくりに、ヒデキが選手やスタッフの前で、芸を披露してくれていたのだ。これはとてもおもしろいものだった。時にはブラックジョークだったり、寸劇だったり。ここで詳柵を公表できないのは誠に残念だが、通訳を介さず、ヒデキが必死に英語をしゃべる姿は、ある意味とても新鮮だった。ネタはその日その日でスタッフが考えていたようだが、皆を笑わせて気持ちよくグラウンドに送り出してくれたのもヒデキだった。ヒデキだったからこそ意味があり、ヒデキだったからこそ皆も腹を抱えて大笑いしていた。彼はチームのムードメーカーとして、結束力を高める重要な存在になっていたのだ

 ヤンキースの中で最も模範的な選手といえば、真っ先にキャプテンのデレク・ジーターの名前があげられると思うが、私はジーターと並んで遜色ないくらいにヒデキも模範的な選手と呼ばれるにふさわしい人間だと思っている。英語が完璧に話せるわけではない。闘志をむき出しにしてグイグイと引っ張っていくタイプでもない。しかし、ヒデキのベースボールに対する姿勢は若い選手のいいお手本になる。練習であっても決して手を抜かず、打撃はもちろん、守備や走塁にいたるまで基本に忠実。接戦であろうと大差がつこうと、彼のスタイルはいつも変わらない。ニューヨークの地元紙がキャンプ中の特集で「最もヤンキーと呼ばれるにふさわしい選手」と賞賃する記事を書いていたが、私もそれには同感だ。ヤンキース入団から三年間、日本のメディアのインタビューに毎日一芸披露を見ても分かるように、言葉の壁はあっても、行動でチームをひとつにまとめられる。日本の読売巨人軍に在籍していたころは選手会長を務めていたと聞いているが、メジャーリーグでも彼のリーダーとしての資質は随所で発揮されている

 

 しかし、今の多くの日本人は、“てめえ!何をゴタゴタ書いているの!たかが野球ではないか!イチローの巧みなバットコントロールや、走塁や守備に酔っていればいいではないか!”と私に苦情を呈するでしょう。

 

 でも、先にも引用させて頂いた、ジョーからの贈り物』の最終章でトーリ監督は、「人格者であれ」と書かれておられます。

 

我がヤンキースにおいては選手はもちろん、全スタッフに対しても、「紳士たること」が求められる

・・・・・・

 とくに、我がヤンキースにはさまざまな厳しいルールがある。たとえば、ひげを必ずそること、長髪は厳禁、移動の際にはスーツを着用。ユニフォームの着こなしについては最近流行のルーズな着こなしは禁じられ、クラシックスタイルとする、といったように。そして中でも重要視されているのが、時間に関する規則である。

・・・・・・

 

 更に、「球界の紳士、ヒデオ・ノモ」の項で次のように書かれて居ります。

 

 スポーツ界においてプロフェッショナルなトップアスリートとして生きる道を選んだ者は、子供たちや社会に対して多大な影響を与える存在となる役目をも負うことになる。彼らに求められるのは、何もゲーム上のミラクルプレーばかりではない。彼らの考え方や身の処し方、その一挙手一投足までが、注目の的となるのだ。好調なときにこそ賞賛の嵐に包まれるだろうが、ひとたび不調に襲われればたちまちブーイングの嵐に見舞われる。これが現実だ。だからこそ肝に銘じておきたい。仕事の結果が必ずしもその人の優劣ではないということを。たとえこと破れても、精いっぱい、地道な努力を惜しむことのない人間こそが賞賛に値するのだ。

 今日、日本における多くのメジャーリーグファンをつくった先駆けとなったのは、なんといっても、ヒデオ・ノモであろう。もちろん、それ以前にも、メジャーリーグの舞台に立った日本人選手はいる。当時は今とは違い、遠い国の未知の世界でしかなかったであろうに、先人の勇気には、大いに敬服するばかりだ。

 

 (勿論、トーリ監督は、松井選手の時間に対するルーズさには苦言を呈されております。)


 

 私は、「一芸に秀でれば多(or他?)芸に通じる」との言葉が大好きです。

これは何も、“野球の名人はサッカーの名人にもなれる”というのではありません。

(何しろ、バスケットボールの神様マイケル・ジョーダン選手でも、野球選手としてはマイナー止まりだったのですから!)

「一芸に秀でることによって、常人には及びもつかないほどの視野が開けてくる」と私は解釈しています。

どんなに一芸に秀でていても視野の狭い、「なんとか馬鹿」の類の方々には興味がありません。

そして、又、好きな言葉は、西鉄ライオンズの黄金時代を投げ抜いた鉄腕稲生和久投手が常に、自らに言い聞かせるかのごとく、語っておられた“稲穂は実をつけるほどに頭を垂れる”です。

(大関白鵬(モンゴル)のお母上は、“日本には、「稲穂は実をつけるほどに頭を垂れる」という素敵な言葉があるそうで・・・”と、今場所大関白鵬優勝した際、テレビで語っておられました。

大相撲も、国別対抗戦を実施したら、モンゴルが優勝するかもしれません。

でも、私は、大関白鵬が大好きです。

横綱柏戸、大鵬のみならず、輪島の面影仕草さえも大関白鵬(もうすぐ横綱?)から感じます。)

 

MVPも獲得し、オールスターに9回も選出され大リーガーとして十分に活躍されたトーリ監督だからこそ、他人への暖かい目配りが可能なのだと存じます。


 このようなトーリ監督の期待にこたえながら、真の野球人として磨きをかけ活躍することで、松井選手は国際間の理解友好を深める事に今後も貢献して欲しいと思います。

(何も国別対抗戦だけが、国際貢献ではないはずです。)

 

それにしても、2002年のサッカーW杯の際に、

相手国の好プレーにも盛大な拍手声援を送って
各国から驚嘆、賞賛された素敵な日本人の方々は、
今や何処に消えてしまわれたのでしょうか?

不思議でなりません!

(小泉マジックで消されてしまったのでしょうか?)

 

 

(補足:1

 

 でも、このような松井選手が何故WBCに出場してくれなかったのか?

『週刊文春2006.4.6号』“松井秀喜 特別インタビュー「WBCについてすべて話そう」”から引用させて頂きます。

 

──日本ではWBCを引っ張ったイチロー選手への評価が非常に高まっている反面、松井選手に対しては批判の声も出ています。

「それはもうしょうがないですよ。批判を受けるのは当然だし、それは甘んじて受けます。それはもう人それぞれだから。どっちかを選んだら、どっちかが批判されるのはしょうがないですからね」

・・・・・・

ただ辞退を申し出た時点で王監督に対して申し訳ないという気持ちは非常にありました。

・・・・・・

僕はやっぱりここ(ヤンキース)で雇われているわけだし、もちろん日本国民であるけど、まずベーシックなことから考えないといけないと思うんです。野球もだんだんこういう大会が始まって国際的になってきたし、そういうことは分かります。でも、やっぱり自分がいま何をやらなくちゃいけないかということだったと思います。

 やっぱり僕にとってはヤンキースでワールドチャンピオンになるというのが、プレーヤーとしての一番目の目標ですから。そのために何をするかということを最優先で考える責任があると思っています。今年は三年間、ここでプレーして少しずつチームの中心に近づいてきて、新たに契約を結んで、その中で世界一を目指さなければならないというときでした。

 だからもう少し違う時期だったら、もう少し余裕のある時期だったら、違う結論が出ていたかもしれない。僕にとっては、たまたまタイミングの悪いときにこの大会があったということかもしれませんね」

 

 

(補足:2

 

 松井選手は、今シーズンのキャンプ時、左手一本でバットを振ったりして、左打者が打球にパワーを与えるのに必要な左腕の強化に努めていました。

(松井選手の利き腕は右)

でも、その大事な左手首を骨折してしまいました。

 

松井選手の早期の復帰を願いつつ、この際、右打者に転向されて、本来の利き腕を最大限に活用して、ホームランを量産されることを私は夢見ています。

(せめて、緩球ながら変幻自在に変化するナックルボール投げのウェークフィールド投手(レッドソックス)対策としてでも・・・との勝手な夢を見ています。)

 

(追記)

 なんとこの件は、私の夢物語ではないようでした!!!

なにしろ、「(夕刊フジ) - 524172分更新」には、次の記事が登場したのですから!

 

松井秀幻の右打席”…天敵ナックルボーラー対策

 

 【ニューヨーク=久保木善浩】連敗中のヤンキースは23日、宿敵レッドソックスと対戦。先発投手は松井秀喜外野手が苦手なウェイクフィールド。左手首を骨折した今月11日、対戦するはずだったナックルボーラーだ。

 

 ほとんど回転しないナックルボールは当たれば勢いよく飛ぶ。松井も04年9月25日に右中間へ28号ソロ、05年10月1日にはセンターへ23号ソロと、計2本塁打をマーク。とはいえ、それは当たればのこと。専属捕手のミラベリが「どこへ落ちるか分からない。投げる方も捕る方も」と表現する魔球に翻ろうされ、これまで38打数6安打(打率.158)とカモにされてきた。

 

 負傷する前日のこと。試合後の会見で、松井は翌日に先発するウェイクフィールド攻略法についてこう話していた

 

 「右でいくか。草野球と同じぐらいのスピードだからね。書いちゃえ、『右でいくらしい』って

 

 球界屈指の左打者による仰天発言。さらに、「有効な対策があるんだったら何かするかもしれないけど。うん、右だ右」と再度うなずいていた。確かにナックルボールは105キロ前後とスピードは草野球レベル。松井は担当記者との草野球でハンディとして右打席に立ち、シロウトの遅い球にタイミングをあわせてきた実績もある。

 

 もっとも少年時代は右打者だったので、実は違和感もそれほどではない。

 

 ・・・

 

 で、本当に打つ気はあったのですか?

 

 「あったなア。でも、もうあの試合は流れちゃったからね、残念だけどな。残念だったなア

 

 お得意のジョークだろうが、骨折がなければひょっとして−と思うと、残念でならない。


 ウェイクフィールド対策としてだけでなく、右の強打者として松井選手が復活して頂けたらと念じております。



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