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超一流(松井選手)と凡人

2003615

宇佐美 保

 5月7日のマリナーズ戦以来ホームランの出なかった松井選手に、応援のエールを送ろうと、彼に関するホームページ『松井秀喜「野球の館」(http://www.hideki.co.jp/)』を訪ねてみましたら、ファンのお一人も彼を心配して“松井選手は是非とも、次なるホームページを参考にして欲しいと書かれていました。

http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200210/bt2002102306.html))”

このページでは、元阪神監督の野村氏が、昨年の日本シリーズを前に、松井選手カブレラ選手の打撃を解剖解説されているのでした。

 

 是非、皆様もこのページを訪ねてみて下さい。

そして、ビックリされると思います?

此処に、一寸その内容を抜粋させて頂きます。

野村氏は次のように解説されます。(枠内に表示させて頂きます)

超一流とはどんな選手を言うのか。私の中では王、落合の2人だけ。イチローも単打に限定すれば超一流だろうが、本塁打がほとんど望めないという点で例外的であり、ここでは王と落合に話を限定したい。そして、この2人の超一流と比較すると、松井に何が足りないのかがおのずと見えてくる。

 王、落合にあって松井にないもの。私は『納得させる凡打』というものがそれだと思う。

……

 松井には数こそ少なくなったが、いまも不格好な凡打がある。フォームをグシャグシャに崩された凡打、悪球に手を出しての三振。先日も踏み出した右足で一回転しての空振りを見た。全盛時の王、落合にはまず見られなかったことだ。

……

 ここで例を挙げて説明しよう。相手投手が外角の厳しいコースに投げてきたと仮定する。

 全盛時の王、落合はほとんど例外なく、こういう球をファウルした。これには理屈がある。

 通常スイングというものは足、腰、グリップという順で動き始める。そして未熟な選手ほど、この順序が逆になるものだ。下半身からねじれるように生まれた理想的なスイングでは、バットの軌道がインサイドアウトを描くことになる。王、落合はそのスイングが身体に染み込んでいた。

 ど真ん中だろうが、外角の厳しいコースだろうが常にインサイドアウトの軌道を描くスイングのもとでは、甘い球はヒットに、厳しい球は自然とファウルになる重要なのは彼ら超一流は決して意識してファウルに《する》のではなく、スイングの中で自然にファウルに《なる》という点。

 松井はどうか。会心の打球を放ったときは美しいスイングを描いているが、外角の厳しい球などに対しては往々にして足、腰、グリップの順序が崩れる。上体だけでスイングしたり、球を追いかけたりするからフォームが乱れる。詰まり気味の打球がフェアゾーンに飛ぶ。格好の悪い凡打になってしまう。……

 凡打で周囲を納得させる超一流のスイングでは厳しい球が自然とファウルになる。逆にそうでないスイングでは、詰まった打球がフェアゾーンに飛んでしまうことが多い。……

 如何ですか?

私はビックリしてしまいました。

重要なのは彼ら超一流は決して意識してファウルに《する》のではなく、スイングの中で自然にファウルに《なる》という点。”こんな事実があろう事など夢にも思った事はありません。

そして、野村氏以外に、こんな事実を指定した野球解説者は一人も人はいません。

(只一人、元日ハム監督の大島氏が“今のは、良いファールでした”とヤンキースの松井選手のファールを解説したのを記憶しています。)

 

 何故今まで、松井選手は野村氏の指摘される「インサイドアウトの軌道を描くスイング」身に付けていなかったのでしょうか?

 

 私には、思い当たるテレビ放送がありました。

元巨人軍監督長嶋氏が、監督を辞める最後の試合当日まで、試合前には必ず野球場の監督室で松井選手に何本も素振りをさせて彼のスイングをチェックしてあげていたとのテレビ放送です。

その放送を見た時点では、長嶋氏には感銘を受けました。

しかし、野村氏の解説を読んだ今では、長嶋氏の指導が徒(あだ)となっているようです。

 

そして、又、別のテレビ番組を思い出します。

それは、この日本人全員がファンであるかの如き存在の長嶋氏が、昨年、日米野球の際来日した大リーグのホームランバッターであるバリー・ボンズ選手を訪ねてのインタビュー番組です。

インタビューの内容は兎も角、私がビックリしたのは、長嶋氏が、なんとボンズ選手の打撃フォームとは似ても似付かない現役時代のご自身の打撃場面のビデオをボンズ選手に披露して、ボンズ選手のコメントを求めていたのです。

 (番組を見ていた時点では、この長嶋氏の厚顔無恥さ加減に呆れていただけでした。)

そして、今思い出すと、そのビデオに写されていた長嶋氏の打撃フォームは、野村氏が理想とされる「インサイドアウトの軌道を描くスイング」から程遠い、長嶋氏の得意の「体ごとボールにぶっつけて行く」フォームでした。

この長嶋氏の指導の下では、松井選手が野村氏の理想とみなす「インサイドアウトの軌道を描くスイング」を会得出来なかった事を納得し残念に思うのです。

 

 更に後日もっと驚く事がありました。

マーティ・キーナート氏(1967年初来日以来一貫、日米を通じたスポーツビジネスに身をおかれている)のホームページに「長嶋に「ホームランを打ったことはある?」と聞いた男」との題目での、この長嶋氏のインタビューについての記述を見た時です。

http://journal.msn.co.jp/articles/nartist2.asp?w=230956)

通訳や翻訳を介した言葉には、ときどき困った──面白い──ズレがある。たとえば、長嶋茂雄に「ホームランを打ったことはある?」と聞いたメジャーリーガーの言葉は……。

(中略)

長嶋がボンズにホームランを打つ「技術」について質問すると、ボンズは逆に「ホームランを打ったことがあるか?」と聞いた。……その質問を聞くかぎり、ボンズは自分がどういう相手と話しているのかも、日本の伝説的存在が生涯でホームランを打ったことがあるのかどうかも、わかっていなかったからだ。

(中略)

続いて、ボンズは長嶋の現役時代のビデオを見せられ、スイングについて感想を求められた。ボンズはこう答えた。

"I like that. Dead pull hitter...He only pulled the ball."

これは、「僕の好きなスイング。引っ張って打つわけですね」と通訳された。でも実際は、ボンズは「好きです。100%引っ張るだけの打者だったね」と言ったのだ(つまり「流し打ちができなかった打者」という意味にも取れる)。ボンズの発言の後半は、明らかにほめ言葉というわけではなかったが、そのようには通訳されなかった。

ボンズはさらに言った。

"I'd like to see that swing against American pitchers, though..."

その続きには、メジャーのピッチャーにはあまり通用しそうにないスイングだという意味が込められていた。でも、そのニュアンスも通訳されなかった。

「あれはアメリカ的な感じがしますよ……すごく……そのスイング」。それを聞いた長嶋は、喜んで "Thank you." と言った。もちろん、日本テレビは崇拝する長嶋をできるかぎり美しく見せたい。だから通訳者は、ボンズの発言をおそらくわざと変えて、自分の雇い主が聞きたい内容にしたのだろう。そうでなければ、ボンズの言った意味がわからなかっただけだ。

 日本人のアイドル的存在の長嶋氏は、大リーガーのトップに君臨するボンズ選手の前では形無しです。

しかし、事は長嶋氏だけの話ではないのです。

それは、この長嶋氏の指導を長年受けた松井選手に及んでしまうのですから。

松井選手の指導者の長嶋氏は、ボンズ選手に「100%引っ張るだけの打者」そして「メジャーのピッチャーにはあまり通用しそうにないスイング」と評価されてしまっているのですから。

 

 長嶋氏に関しては、更に、奇怪な記憶が蘇ります。

今や大リーグの代表的な打者であるイチロー選手が、大リーグへ挑戦する頃のテレビ放送では、長嶋選手が現役時代に日米野球で来日した米軍の監督が巨人軍のオーナーに“長嶋選手を暫くの間自分に預けてみないか?”と語ったと紹介していました。

この“預けてみないか?”の話のコメントを長嶋氏が求められると、「自身が大リーガーとなるように勧誘された」旨となってしまっていたのです。

私は驚きました。

なにしろ、当時「長嶋はひまわり、俺は月見草」と長嶋選手の人気をひがんで(?)いた野村氏は、吉井投手が大リーガーとして渡米する際、 “俺の夢を壊すなよ”との言葉を吉井投手に投げかけました。

 吉井投手は “はい!力一杯頑張ってきます”と答えていました。

吉井投手は野村氏の真意を理解出来ていなかったのです。

野村氏の夢とは、「大リーガーは、自分たち(日本のプロ野球選手)が幾らジャンプしても、とても到達出来ない偉大な存在」であったのです。

その夢の大リーガーを吉井投手が手玉に取ってしまっては、野村氏の夢が壊れてしまうのです。

なにしろ、野村氏(当然長嶋氏も)の一時代前では、戦後初めて(昭和24年)アメリカの3Aチームであるサンフランシスコ・シールズが来日して、7戦全勝しているのですから、野村氏の時代の大リーガーは、とてつもない存在だったのです。

なのに、長嶋氏は「その当時の大リーガーに自分も成れたのだ」と思い込んでしまうのです。

私は不思議です。

長嶋氏は、ご自分が大リーガーとして活躍出来たと思っておられるのでしょうか?

 

 イチローと言えば、アメリカに渡って直ぐの年、彼がオールスターに選出された際、最後のオールスター戦を勤めるカル・リプケン選手が“イチローは、派手なファン受けを狙ったプレーには目も向けず、真摯なプレーに励む、プロの目を楽しましてくれる真の選手”と称えていました。

このリプケン選手に長嶋氏のプレーがどのように映るかは、此処に書くまでもない事でしょう。

 

更に、イチロー選手で思い出すのは、長嶋氏の熱烈なファンである北野武氏のインタビュー番組での談話です。

北野武氏の“天才とは?”との問いに対して、イチロー選手は、自分は天才ではないとの前置きの後に“自分の頭で幾ら理解しようとしても出来ない技術で結果を出してしまう選手でしょう。”と答えていました。

両氏とも、この天才を長嶋氏に当て嵌めていたのでしょう。

(北野武氏は、「長嶋=天才」のイチロー選手の御神託を、単純に喜んでいるようでした。)

 

 不思議ですね。

 

 この「イチロー選手の天才定義」から遠い存在の野村氏は,又、現在のヤンキース松井選手の打撃をも、予測したかの如くに、昨年、同じ野村氏の別ページで的確に解説されている事に驚かされます。

その解説を、又、抜粋させて頂きますなのです。

http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200210/bt2002102205.html)

 私は相手の打者を分析するときに、まず特徴別に4種類に分類する。

 【A=理想タイプ】投球にヤマを張らずに、来た球に対して柔軟に対応できる打者

 【B=コースに絞るタイプ】次の投球に対して内角か外角かに的を絞って待つ打者

 【C=打つ方向を決めるタイプ】どんな投球が来ようとも、この打席は右に流す、または引っ張るなど打球の方向を決めてから打席に入る打者

 【D=球種にヤマを張るタイプ】投球の1球ごとに球種を予測し、それに基づいて打つ打者

 これが基本。ちなみに現役時代の私は完全なD型。…… 話を松井に戻そう。

 彼は理想タイプのA型に属する。だから攻め方に答えがないのだ。ただこの4つのタイプは状況によって変化する。松井のA型も、いわば基本的にA型ということ。ならばどういうとき、どのタイプに変わるのか。

 松井は相手が左投手のときにB型になることがある。以前は相手の決め球にフォークがある場合に、D型になって裏をかかれて三振することもあったが、こちらは最近はほとんどなくなった。ただ左投手相手だと、コースにヤマを張る特徴は今もそのままのはずだ。 それはふとした仕草からも観察できる。……

 松井ほどの打者、A型ならばそんなことは必要ない。ただ、相手が左だと彼にはコースが気になる。外か内かを決めて打ちたい、核心を言えば内角が気になる、内角に弱点があるからこそ捕手の位置を見るのだ。……

松井のヤマが外れた場合は遠山の球速が逆に生きる。遠山はストレートでも130キロ程度のスピード。これが松井クラスの打者には「ヤマが外れても打てそう」な球に見える。通常のA型でなら容易に打ったり見極められるが、この場合での松井はB型。想定していた以外のコースに微妙にフォームを乱す。だから、打球が詰まったりボール球を空振りしたりする。これが遠山が通用したカラクリである。

 今季の松井は、中日の川上を苦手とした。その特徴はカットボール。右投手が松井の内角に投げるカットボールは、左投手のシュートとイメージが重なる。川上が相手でも、松井は本来のA型ではなくなっていた。

 この野村氏の解説から、キャンプ時に、右腕リベラ投手のカットボールに全く手も足も出なかった事実と、今もって、カットボールに悩まされ続けている松井選手の姿が目に浮かんでくるのです。

 

 斯くも素晴らしい解説者の目を持った野村氏が阪神に於いて「監督失格」の烙印を押されたのは大変残念な事です。

その原因は、悲しい事に野村氏は選手を誉める事を怠ったからです。

解説者としての慧眼から見れば選手は欠点だらけです。

その欠点を逐一指摘されていたら選手は萎縮するだけです。

野村氏が嫌悪する長嶋氏にしても、あの意味不明な日本語をマスコミに逐一訂正され非難されていたら、さすがの長嶋氏でさえも失語症に陥っていたかもしれません。

ところが、マスコミは逆に「長嶋語録」として持ち上げ、マスコミの寵児となっています。

 

 ですから、私は、野村氏が、この長嶋氏の厳然たる好例を肌で感じて、選手を誉める心を身につけ、再度監督としての活躍される事を期待したいのです。

 

 最期に、『大下弘 虹の生涯』(辺見じゅん・著/新潮文庫)から抜粋させて頂きます。先ずは、全国の長嶋氏ファンの為に、かって名将名監督と謳われ西鉄の黄金時代を築きあげた三原脩氏が「日本の野球の打撃人を五人」に長嶋氏を選んでいる事を紹介します。

長嶋氏以外の四人は、戦後赤バット青バットで人気を博した川上、大下、そして西鉄黄金時代の担い手の中西太、そして、王でした。

そしてたった一人を選ぶとすれば、大下弘と紹介されています。

 

 日本の長嶋氏ファンが、“長嶋、長嶋”と四六時中称えるのではなく、せめて辺見氏のこの素敵な著作を読まれて大下選手のファンになって頂けたらと存じます。

大下選手のプレーには、あざとい面は全くなく、それでいて大変「花」がありました。

(只残念なのは、テレビが普及し始めた時には、少し全盛期を過ぎていた事です。)

更に、辺見氏の著作には、大下選手は日本野球チームのハワイ遠征の際、大リーガーとして誘われ、契約寸前まで行っていたと紹介されています。

 

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